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  作者: 東郷十三
24/46

24、意気

 いままで映画、食事、ドライブと伴にしたが、すべてこちらから誘った。しかし、今回は緋乃のほうから言い出した。受身であった彼女が変わったということは、こちらの事を憎からず思っているということか?それとも、ただのわがまま?自分としては、「二人で温まりたい」と気兼ねなく言えるような間柄になったと思いたい、いくら一緒に湯に浸ったことがあったとは言え。


 ぬるい、いや、冷たい!今朝の水風呂よりさらに冷たく感じる。湧き出した源泉が、気温で冷やされさらに冷たくなっているのだろう。湯舟の底に届いた右足を戻そうと思った。いや、きっとさっきの男の子がじっと見つめているに違いない。しかしこのまま入って今朝の感覚が襲って来たら、今回は一人でしのげるか?と言って、このまま冷泉と温泉に片足ずつ浸けたまま迷い続けているわけにもいかない。ええい、ままよ!覚悟を決め、左足を静かに合流させた。深さは先ほどと同じくらい。ゆっくりと身体を落とし、肩まで浸かる。全身の毛穴が、その痕跡すら消す勢いで閉じていく。ラップで全身を包まれたような張りつめた痛み。震えたいのすら我慢して、じっとしている。しばらくすると、次第に皮膚に接している湯が温かく感じられ始めた。呼吸も普通どおりのペースになった。

見上げると、頭のほうから流れてきた内湯の蒸気が風にもてあそばれ、いろいろと形を変えながら消えて行く。左手の衝立越しに見上げると、急峻なガケが切り立っている。右手からは何本かの楓越しに、川の流れが聞こえる。昼近くの高い太陽の光も、建物にさえぎられてここには届かない。目を閉じる。聞こえるのは滝の音と、そこから続く川の流れ。そのままでいると、どこかの山の中にぽつんと取り残されているような気がしてきた。

やがて、温かく感じていた湯は冷たくなり、震えを我慢できなくなってきた。3分も入っていられただろうか?


 急いで体を上げ、足早に内湯に飛び込んだ。


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