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  作者: 東郷十三
20/46

20、氷の木

 ハイカーの中に、木を見上げながら立ち止まって談笑している人がいる。その先には、カメラを梢に向けたカップル。ミラーで後続車がいないことを確認し、スピードを緩め彼らの視線の先にあるものに目を凝らした。

「ほら、キラキラとガラスみたいに輝いているわ!」

木の枝が、薄い氷に包まれている。霧氷だ。正確には、霧氷の中の‟粗氷‟と呼ばれるもの。霧氷といえば雲仙が有名で、ここ牧ノ戸でも見られることはあまり知られていない。ところで樹木の雪氷芸術として対極にあるのが、山形県蔵王の樹氷。樹氷も実は霧氷のひとつ。しかしこちらは完全に樹木が雪と氷に覆われ、姿も風上に成長していった‟海老の尻尾‟。どこにオリジナルの木体があるのかわからない‟スノーモンスター‟だ。ちなみに霜も、正式には‟樹霜‟と呼ばれる霧氷。

牧ノ戸峠から久住へは、既にここが1,330メートルということもあり、高低差の比較的少ない定番の登山ルートになっている。そのため九州第二峰久住山、第一峰中岳へと向かうハイカーが集まり、5月のミヤマキリシマの見頃には大渋滞となる。今日の混雑は、ほとんどが霧氷目当てのハイカーによるものだろう。昨日の気温と今日の天気を考えると、絶好の‟霧氷観察日和で‟はある。

 霧氷を観察しながら走ると、道はやがて下り坂に差し掛かる。こちら側は南向きであるので、ほとんど雪は融けている。

「窓、少しだけ開けてもいい?」

日差しとヒーターで、車内の温度が上がってきた。緋乃の両頬が、うっすらピンクに染まっている。

「ああ、この際だから空気を入れ替えよう。」

窓を一旦全開にし、後ろだけ閉めた。助手席では、窓から出した手のひらに風を受けながら時折ザワザワと音を立てて過ぎて行く木々を眺めている。

「赤川温泉、冷泉って言ってなかった?今の気分なら入りたいけど、寒すぎない?大丈夫かな。」

期待しているような、でも不安な響きの声でこちらをじっと見ている。


 まともに答えるのも面白くないので、にやりと笑ったままにした。

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