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  作者: 東郷十三
19/46

19、轍

宝泉寺温泉から山間を縫うように走ってきた道は上り詰めたところで穏やかな高原道へと変わり、ここで県道11号線、通称〝やまなみハイウェイ〟に突き当たる。T字路を左に北上すると、50分ほどで湯布院の西の入り口〝水分け峠〟に至る。山間を上って高原を走り、なかなか快適なドライブを楽しむことができる。今回の目的地である赤川温泉へはここを右折。久住山への別の登山口がある牧ノ戸峠を経由し、瀬の本高原で横切る県道442号旧小国街道を左折する。

右に1台やり過ごし、車を進め始めたとき、

「カーショップでもないでしょうに、いったいどれだけ在庫があるっていうのかしら?」

緋乃が意地悪げな口調で呟いた。視線の先の観光案内所に〝チェーンあります〟の張り紙。

「確かにすべての車のはないだろうけど、注意を促すという効果はあるね。」

「でも、ここで『注意しなさい』って言われても遅いんじゃない?」

ふっといやな予感が心をよぎったが、積雪時には閉じられているハイウエイ上り口のゲートは開いている。前の車は、スピードを緩めないまま左の丘の陰に消えた。しばらく間隔があって付いて行く。

南へ向かっての上り坂、しかも両側の木々で陽の光がさえぎられている路面にはまだ雪が解けずに残っていた。 先の車は、100メートルほど上った路肩で半分ほど雪に埋まった車輪からうなり声を上げていた。慌てずアクセルを戻し、車線中央に刻まれた轍に車輪を落ち着かせる。ゆっくりとペダルを踏み込み、タイヤが路面を捉えているのを確認しながら徐々にスピードを上げた。これから通る牧ノ戸峠は標高1,330メートル、ここより300メートルほど高い。道がどうなっているか心配になったが、対向車線を下ってくる車は、1台もチェーンを着けていない。まさかすべての車が、上りを途中であきらめて引き返して来た訳ではあるまい。慎重にハンドルを切りながら、タイヤがスリップしないぎりぎりのスピードでカーブをこなしてゆく。上るにつれ山側の木々は腰近くまで白く埋まり、轍も深くなってきた。あと二つ三つのカーブで峠というところまでくると、道の両側にちらほら車が停めてある。車内に人の気配はない。しばらく進むと、今度はリュックを背負ったハイカーたちが、雪に足をとられないよう注意しながら峠に向かって歩いている。


 この天気だ、山の上からのパノラマはさぞかし美しいことだろう。


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