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  作者: 東郷十三
15/46

15、白い景色

道が山肌を走り始めると両側にはかなり雪が残っていて、 ゲレンデ脇の雑木林といった印象を与える。道の上にも日陰の部分にはしっかりと雪が残っており、 日が当たっているところでも、やっとシャーベット状にまで 融けたくらいだ。やはり高い場所は、気温が上がっていない。 左右に雪の斜面を見ながら、やがて道は下りにさしかかった。スリップしないように状況を見極めながらゆっくり進む。下手にブレーキでもかけようものなら、雪の上を滑走しガードレールのない路肩から雪の草原にジャンプしてしまいそうだ。足元から伝わって来る感触を確かめながら山肌を右に回り込むと、左手

が急に開けた。少し見下ろしたところから、雪野原が広がっている。空には雲ひとつない。青い空をバックにそびえる左手奥の九重連山まで、ところどころに 緑の針葉樹の帯を浮き立たせて白い台地が緩やかに波打ちながら続いている。

 車を静かに路肩に寄せて停め、滑らないように注意しながら外に出た。目の前の景色だけ見ていると、どこか北の国にいるようだ。緋乃に手招きしたが首を横に振り、ここから見えるから、と身振りで伝えてきた。

 九州というと年中暖かいところだと思われがちだが、 冬にはこんな光景も見ることができる。といっても、今年は例外だが。温暖化の影響か年々降雪量が減り、体育の授業でやった雪合戦などほとんどできなくなっている。

 小学校五年の冬、悪ガキ連中で雪玉を投げ合いながらの帰り道、 そのうちの一球が近所で〝頑固親父〟と知られていた男性の足元で砕けた。 一同青くなり身をすくめ、『なんばすっとか!』に続く罵声を恐れた。ところが、彼は砕けた雪玉をちらりと見た後、

「オニギリのごとして作るけんすぐ壊れるったい。硬か芯ば作って、そんまわりに貼り付けるごとしてんね。そらぁ、威力はすごかぞ!」

それから雪玉の作り方の授業が始まり、少年野球の監督だった彼から投げ方の基本まで教えてもらった。

「遊びでん仕事でんおんなじ。人より上ば行きたかとやったら、どげんしたらもっとうまくいくかをいつも考えな。」

この事件以来、彼に対する見方が変わったのは言うまでもない。三十年以上経っても覚えている彼の言葉を、果たして私は守って来れただろうか。

 陽がだいぶ昇ったとは言え空気はまだ冷たい。先を急ごう。下りきったところからは、踏み固められた雪の轍をたどりながら進む。道の両側は四十センチほどの高さから雪面が続き、どこかの企業の保養所と 思しきところでは、駐車場の車が窓の一部を除き完全に雪に埋もれている。これほど積もっているとは思わなかった。これから向かうやまなみハイウェイは、 ここより高い場所を走っている。チェーン規制、最悪の場合通行止めということも考えられる。目の前の道も、轍が見えるとはいえ真っ白だ。溝や大きな石が路肩にあるのかも知れないが、これでは確認のしようがない。とりあえずは、道のセンターから外れないようにゆっくり進む。慎重に運転はしたが、それでも二、三度カーブで横滑りした。これほど緊張して運転するのは、湯布院から帰りの高速で濃霧に遭遇して以来だ。


 やはり遠回りすべきだったか。


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