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  作者: 東郷十三
13/46

13、ゆで卵

 車に乗り込んだのはいいが、さてどちらに行こう。このまま右に進めば大きく山間部を迂回し、時間はかかるが雪に阻まれる可能性は非常に低い。左に少し戻って山道を行くと最短距離で、昼には目的の温泉に着く。しかし、山道が通行規制されて行き着けないことも考えられる。

「ねえ、こぼさないように注意するから、ここで卵食べてもいい?」

「構わないよ。飲み物は?」

「大丈夫、朝のがあるから。」

遅れたお詫びと言って、彼女は待ち合わせのコンビニで小さなペットボトルのお茶を買ってくれた。今は、助手席との間にあるボトルホルダーに、 おまけについていたフリースのウォーマーを着て収まっている。

「あなたも食べる?」

渡された真っ白いたまごに歯を立てる。ゆっくり噛んでいくと、プチンという感触のあとに黄身の味が口の中いっぱいに広がった。

「ね、味が濃いと思わない?」

確かに、しっかりとした味がする。低温で、ゆっくり温めてあるからだろうか?普段ゆで卵を食べるときには、口の中がパサパサしてうまく飲み込めない。ところがこのゆで卵はしっとりしていて、噛んでいくにつれて口の中でまとまり、苦もなく飲み込むことができる。

結局来た道を戻り、山越えに賭けることにした。温泉街の手前で川を渡ると、右手に産地直売の小さな店がある。 近所の住人と思われる女性が、白菜を手にした胡麻塩頭の男性と談笑していた。


やがて道は狭くなり、杉林の中を縫うように走る。対向車とすれちがうときは十分注意しないと、まだ融けずに残っている路肩の雪にハンドルを取られそうだ。


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