12、無邪気
「ねえ見て、まだふわふわよ!」
扉から例の札を外していると、中庭の日陰の植え込みの上に積もった雪を右手ですくいながら緋乃がはしゃいだ。先ほどは気がつかなかったが、赤い山茶花と中庭をはさんだところに白も咲いている。教えようとした緋乃は、いつのまにか階段のところまで進んでいた。やや離れて後ろをゆっくり歩く。別に朝の件を本気にした訳ではない。なんとなく左足先に違和感を感じているからだ。
回廊を通り抜けたところで待っていた彼女は、タマゴをふたつ柄杓で掬い上げ、わたしの手のタオル中に落とした。
「お幸せにね。」
湯の中に残った卵のカップルに声をかけ、微笑んだ。
ゆで卵代100円を支払い、駐車場へと降りる。道を挟んで無料で誰でも利用することができる足湯があり、前回は近所の人たちでにぎわっていた。緋乃が嬉しそうに、卵を両手で包んで道を渡って行く。しゃがみこんで左手を湯に浸けた。
「ぬるい!風邪引いちゃうわ、これじゃ。ちゃんと温泉使ってるのかな。それともただの井戸水?」
「井戸水…には違いない。ただ、地下で温められたものは“温泉”と呼ぶけどね。」
「んもう、意地悪な言い方しないの!そうじゃなくて、井戸水は夏冷たくて冬に暖かいでしょ。だから、ここはお湯の代わりに井戸水を使っているんじゃないかって言いたかったの。」
指先で湯を弄びながら、少し残念そうな顔をした。どうやら足湯につかりながらゆで卵を食べるつもりだったようだ。名残惜しそうにため息をついて立ち上がり、私の左腕にしがみつく。
「仕方ない。次回の楽しみね!」
そう言って車へと腕を引っ張った。緩やかな風が緋乃の髪をゆらす。
しかし、果たして次回はあるのだろうか?




