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  作者: 東郷十三
10/46

10、癒し

「平気?」

声が近い。

「ああ、なんでもない。急に体を冷やしたからだろう。」

当たり障りのない返事をした。緋乃が、背後から私の冷たい肩に手を置く。同じ水風呂に入っていたのに温かい。そのまま、首筋から肩甲骨に掛けてゆっくりとさすった。少しずつ鼓動が早くなっていく。肩を優しく揉み始めた彼女の右手をとり、そのまま体をまわす。するとあわてて両腕で胸を覆い、後ずさりして体を湯に沈めると視線を外した。

畳一枚ほどの小さな露天風呂、手を伸ばせば届く距離だ。

「明るすぎて、…顔から火が出るほど恥ずかしい。」

小さくそう呟く。

「”恥らう乙女の図”、か。新鮮だね。」

照れくさそうに水面に落としていた視線を、顔とともにキッとこちらに向けた。そして、すぐに表情を変える。舌先を前歯で少し噛み、やや上目遣いで悪戯っぽく笑う。小さな波を立てて近づき、立てた私の右膝に肘をかけた。

「へぇー、そういう言い方するんだ。」

そう言うと、中指先で湯面を弾いた。ピッ、と顎に暖かいしぶきがかかる。しばらくこちらを見つめていたが、やがて肩をすくめて微笑み体を伸ばし気味に私の左肩に頭を乗せた。ちょうど緋乃の胸先が私のをくすぐる。体は内側に向かってしだいに温かくなった。しかし、それと違う速さで体が変化していくのを感じた。


「秋はいい景色が見れそう、お湯に浸かりながら紅葉を楽しめるなんて。どこかの旅行会社のキャッチコピーみたい。」

背後の植え込みを見つめながらそうつぶやいた。

「でも…」

すっ、と胸を外し距離を置く。

「冬の温泉に一番お似合いのものを楽しめないなんて!」

そう言うと、手酌で酒を注ぎぐっとあおる仕草をした。確かに、温泉に来たのだから、湯ざわり、景色、鳥や風の音と伴に鼻をくすぐり舌を転がるうまい酒も堪能したい。

「あーあ、車で来なければ、お酒買って来れたのに。」

緋乃は至極残念そうに言ったが、マイカー以外でここに来るのはかなり難しい。


それに、ここは今日のメインディッシュではない。

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