俺の心臓は不老不死の妙薬らしい
懲りずに二作目。
ふと思いついたので書いてみた。
始まりは、人間ドッグに行ってからだった。
「……えー、非常に申し上げにくいのですが……あのですね。あなたの心臓が、不老不死の妙薬であることが判明しまして」
目の前の医者が、非常に申し訳なさそうにニコッと笑う。
「……え?いやいや、まさかあ。冗談ですよね。ドッキリでしょ」
俺のそんな言葉にも、医者は笑顔を崩さない。
「申し訳ありませんが、これは政府側からの決定でして……あなたを一時、拘束させていただきます」
いやいや、待て。なんだそれは。
俺は思わず立ち上がり、そして頭の後ろにひんやりとした何かが突きつけられるのを感じた。
視線をゆっくりスライドさせる。
「……動かないでくださいよ。でないと、撃ちます」
俺は眉間に日本政府が公式で採用しているニューナンブM60が押し当てられてはじめて状況を理解した。
やばい。これは、なんと言わずとも状況的にやばい。
神経が異様に昂ぶって、気持ち悪さを感じる。
次に俺がとった行動は、現代日本人として拳銃は身近な脅威ではないからこそできた行動をした。
思えば、バカなことをしたものだ。
「う、う、ぅ、うわああああああああ!!!!!」
窓ガラスを割って、その場から逃げ出したのだ。銃を持っていた人間は驚いて、弾を放ったが俺の右ほほをかすめただけで済んだ。
その場で恐慌状態に陥って、俺は気づけば車に乗って自宅のマンションの前に来ていた。
しかし、ここで思い直す。
自宅に帰ったところで、俺の身の安全は確保されない。ならば、別の場所へと行かなければ。
俺は財布の中身を頼りに、延々と夜中じゅう高速道路を使ったり、一般道を通ったりして自分でもどこにいるかわからないほどに走り通した。
どれだけ走っただろう。
夜明けの朝日が目にしみる。俺は眠さに耐えきれずに、どこだかわからない道路の端で睡眠をとった。
しかし、それも長くは続かない。
騒音に目を覚ましてみれば、近くの住人が通常でもしたのだろう。俺の車の周囲にはパトカーが集合していた。俺はすぐさま車のエンジンをかけた。
「いやだ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ………」
捕まったら、絶対に死んでしまう。
車のアクセルをベタ踏みして、俺は並ぶパトカーの列に突っ込んだ。激しい衝撃が体を襲うが、死にたくないという気持ちが溢れかえって止まらない。
ただただ、恐ろしかった。
車はじきに走れなくなった。俺は近くの山間部へと逃げ込む。
「……ぐぁ、ふっ、はぁっ、はぁっ、」
そういえば、昨日の夜にお茶を飲んだきり、何も飲んでいなかったな。
頭のどこかで冷静な自分が、喉が渇いたと訴え出す。
山頂付近まで登って、寒さに身を震わせる。
そう高くはない山だ。地元の人間が来れば、すぐにわかるだろう。
しばらくして、雨が降って来た。木の下に行ったものの、全くと行っていいほど防がれてはいない。
思考も、頭の中も、色々がぼうっとして来て、もうもはやどうでもいい。
そんな考えが頭をよぎった。が、その時。
俺の頭には、もう一つ何かが浮かんだ。
俺自身の心臓が不老不死の妙薬であるなら、心臓を食べて仕舞えばいい。
「……いやいや、さすがに非現実的……」
が、そんなことがあっという間に雲散霧消するほど、俺は弱り切っていた。精神的にも、肉体的にも。
ちょうどよく、目の前には尖った木々が生い茂っている。
ゴクリと生唾をのむ。
どこからか、人の騒ぎ声とパトカーのサイレン。そして、犬の吠える声とヘリの音。
迷っている時間は、そう長くなかった。
俺は腹から尖った太い枝を突き刺して、それから心臓を掴んでちぎり、そしてそれを口に入れた。
「悪質なドッキリを仕掛けたもんだ。あいつ仕事でノイローゼ気味だったんだろ?」
「医師にまでってのは手が込んでたよな。殺人罪と言われても過言ではないって」
「あいつ親族もいなかったしなあ。俺たちで見送ってやろうぜ。乾杯」
「ああ、乾杯——あれ?棺桶の蓋、開いてる」
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