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第三章第一話


挿絵(By みてみん)



「団長、ねぇねぇ団長ってば!」


 ルアンが演目リストにペンを走らせていると、遠くでアリサの声がする。

 

「だーんちょっ。どう? (はかど)ってる?」


 駆け寄ってきたアリサにぽん、と肩を叩かれ、ルアンは思わず目を(しばたか)かせる。


「……もしかして、私のことか?」


「そうだよ。さっきから呼んでるのに全然気づいてくれないんだもん」


「その呼び方はよしてくれとお願いしたはずなのだが。

 ……名ばかりで気恥ずかしい」


「あーら、だったら好文亭るぱんの方が良かったかしら。

 なんならまた舞台に立ってくれてもかまわないのよ?」


「マンザイ! バンザイ! ダイカッサイ!!」


「ほら、ジローちゃんだってまんざらじゃないみたいだし?」


「勘弁してくれ……これ以上頭痛の種を抱えたくない」


 うなだれると、頭の上に乗っかったジローの重みがずっしり首に来る。

 とはいえ、もしかしたらそうせざるをえないかもしれないのが現状だ。


 王の後継者を巡る冒険の後、イズミ率いるサーカス団の人気は日増しに高まり、興行のオファーも増えていった。

 その成功において、日頃の地道な巡業だけでなくジロー(と、不本意ながらルアン)が広告塔として果たした役割は大きい。何しろ彼らはイヴァ=ラキの危機を救った英雄、ということになっているのだから。

 近頃では全ての興行オファーに応えることも難しくなってきていて、そのためにルアンが発案したのが、”分団”という形でサーカス団を一時的に2つに分けるアイディアだった。

 ……もっとも、言い出しっぺの法則で”分団長”などという大それた肩書を押し付けられると予め知っていれば、間違ってもそんなアイディアを口にしたりはしなかったのだが。

 それなりにネームバリューが高く、事務能力に長ける一方で芸事が得意ではない……そんなルアンを最大限に活かす采配だと客観的には分かっているものの、責任(と、頭に乗っかっている無駄に大きい鳥公)の重圧に肩が凝る。

 統計調査員と兼業とはいえ、真面目なことが取り柄だと思っていた自分がまさか興行師じみた仕事に就くことになるとは思ってもみなかった。

 

 しかしルアン分団長を悩ませる目下一番の悩みは人生の進路ではなく、迫る興行の演目が足りないことだ。

 無論、団を分けても観客を十分に楽しませるだけの演目を用意できることが前提で分団に踏み切ってはいる。

 しかし、今回の興行は話が別だ。ヒガシ村とニシ村の間に位置する国有市場――そこで催されるサーカスは、これが二度目だ。

 リピーターがついてくれるというのは喜ばしい限りなのだが、喜んでばかりもいられない。なぜならそれは同じ演目を繰り返せないということでもあるからだ。忙しさゆえに新しいパフォーマンスの開発にもあまり時間を割けておらず、そのうえ分団で人員が少ないとなれば新鮮味のあるショーを作るのはなかなか難しい。


「クライマックスは私ともっくんで決まりでいいよね。

 新技、ちゃんと用意してるし」


「ああ。他の皆も時間がないながらも新しいパフォーマンスを用意してくれている。

 だが、やはりそれだけじゃ尺が足りないな。

 場を温めてくれる何か新鮮な前座があれば申し分ないのだが」


「ジローチャントークショーハ?」


「やめてくれ。真面目に検討したくなる」


 目の前を払うように手を振っていると、テントの幌が上がって道化師の青年が顔をのぞかせた。


「ぶんだんちょー、なんか、お客さんが来てるっすよ。

 ぶんだんちょーに会いたいってさ」


「客? 私に?」


 会場の責任者との打ち合わせの予定はまだ先だし、他にアポイントはなかったはずだが。


「ども〜、おはようさん」


 独特のイントネーションを帯びた挨拶とともに、人懐っこい笑顔を浮かべた女性がテントの幌をくぐる。


「カンサイベン、ダナッ」

 

 ジローが頭上で羽をばたつかせる。


 カンサイベン……?

 ルアンが首をかしげている間にも、女性は早口に喋りだした。


「うち、音楽関係のマネージャーとかもやっとるレファっちゅーもんなんやけどな?

 このサーカスが次の興行の演目に困ってるらしい、って噂を聞いて、こうして飛び込ませてもろた次第なんや。 

 でな? でな? 早速なんやけどここの団長さんに紹介したい奴がおんねん。ニィさんがその、団長さん?」


 レファの前のめりな問いかけにたじろぎつつも、ルアンはなんとか、


「いや、ここは分団で、私は団長ではなく分団長だが……」


 とだけ絞り出す。


「かまへんかまへん。要はニィさんが演目決めてんねやろ?

 それが分かればええねん。

 なぁ団長さん、うちのナーミに、サーカスの前座任せてくれへんか」


「そのナーミという人は大道芸人なのか?」


「違うよ。あたしは音楽家(ミュージシャン)さ」


「ナーミ! 外で待っとってええってゆーたのに!」


 現れたのは大柄な魔族の女性だった。

 ホットパンツから伸びる長い両脚には鱗模様が浮かんでいる。


「悪いね、レファが迷惑かけちゃいないかい?」


「いや、迷惑ということはないが……サーカスの前座で音楽パフォーマンスというのはこれまで前例がない。

 普通、サーカスにおける音楽は演技に対する付随音楽というのが普通だ。それを単独でというのは……」


「いいじゃないさ団長、やらせてあげようよ」


「オンガクオンガク、ゴキゲンダナッ!!」


「ほら、ジローちゃんもこう言ってるし。他にこれといったアイディアも無いんでしょ?」


 そう言ってアリサはいたずらっぽくウィンクする。


「頼むっ! この通りや!! リハだけでもいいから、ナーミの歌を聴いたってや!!」


 そこまで頼み込まれては、ルアンも断りきれなかった。


「ありがとう。大丈夫、後悔だけはさせないからさ」


 そういうナーミの笑顔には、新人らしからぬ自信が満ち溢れていた。


 ◆◆◆


 鋭角で攻撃的なデザインの弦楽器から延びた紐は魔法道具の一種だという”箱”に接続され、ナーミは大きな鱗のようなもので張り詰めた弦を弾いた。

 それは一見撫でるような、さりげない動き。だが”箱”から轟く雷鳴のような大音響は、テントの空気をビリビリと震わせた。


「レファ、あの楽器は……」


「あれな、『エレキギター』っちゅーねん」

 

 ルアンの問いかけにレファが答える。


「だけどこんなもんでビビってたら、今に”ブッ飛ぶ”で、団長さん」


「いい子だ……今日も最高の声で鳴いてくれよ、ベイビー……」


 ナーミは恍惚の表情を浮かべるとギターをしっかりと構え、まるで弦を斬りつけるように演奏を始める。

 それは余興というにはあまりにも衝撃的で、芸術と呼ぶにはあまりにも暴力的だった。

 歌声というよりは旋律をもった叫びに近いナーミのボーカルはしかし、どこか人間の根っこの部分にある反骨心……ある種の勇気のようなものを刺激してやまなかった。

 ルアンは頭上のジローが猛烈にヘッドバンギングしているのにも気づかず、いつの間にかその音楽に聴き惚れていた。

 最後の残響がテントの天幕に吸収されていくと、ルアンは思わず感嘆の息を漏らす。

 リハーサルを聞いていた他の団員たちからは拍手が湧き起こっていた。


「サイッコーニ、ロックダッタナ……」


「へぇ、鳥公、ロック知っとるんか! うちらと院長先生くらいかと思ったわ!」


「このジローは”向こうの世界”から来たからな。

 ……するとなんだ、”ロック”っていうのは、あっちの音楽なのか?

 それをどうして魔族の彼女が。あちらに魔族はいないと聞いたが」


「あんな、うちらふたりとも、同じ孤児院の出身やねん。

 ”オーサカ国”っちゅーところにあんねやけどな」


「ああ、国の名は聞いたことがあるな」


「そこの院長センセがまだ子供だったころ、センセを拾って孤児院を始めたんが、”向こう”から来たお人だった、っちゅー話や。

 その人がこの楽器と、ロックを教えてくれたんやって。

 けど、院長センセは自分が孤児院を継ぐことを決めたから、音楽の夢をナーミに託したんや」


「夢、か……」


 ルアンは目を細める。舞台では団員たちのアンコールを受けたナーミが次の曲を演奏しはじめていた。


「せやで。そしてそれは、ナーミの音楽に惚れ込んだうちの夢でもある。

 うちはな、団長さん。いつか”ロック”の祭典を開きたいんよ。

 投げ銭もろて食いつなぐ路上演奏なんかじゃなく、あいつが主役の舞台に立たせてやりたいねん。

 そんで世界中に、あいつの音楽が世界一やって認めさせる。

 それがうちの夢なんや」


「実は私の本業はサーカス団員ではなく、イヴァ=ラキ国の統計調査員なのだが――意外そうな顔をしないでくれ。そこそこ傷つく」


「サーカスダンチョガ、イタニツイテキタナッ!」


 ジローのからかいに軽くため息を返し、ルアンは先を続ける。


「国民の就業状況を調べるついでに、こんなことを尋ねてみたんだ。

 あなたは子供の頃の夢を叶えているか、叶えなかったとしたら、いつそれを諦めたのか、と。

 今のところ、夢を叶えた者は就業者の約15%。

 残り85%は、平均して24歳で夢を諦めたそうだ」


「24、か……ちょうどうちとナーミと、同じ年齢やねぇ」


「残酷な言い方をすれば、あなたたちの夢は85%の確率で叶わず、そうであった場合諦める日は近い。

 だのにどうして、あなたたちは夢を追いかける?」

 

 ルアンは今の自分の境遇を気に入ってこそいるが、子供の頃思い描いていた自分の姿とは程遠い。

 常に状況に流され、今の場所にたどり着いた彼には、レファとナーミの在り方はまぶしかった。

  

「思うに、うちらは団長さんより”アホ”やって、そういうことやと思うねん。

 だから何も考えんと夢だけ追っかけてられんねや」


 レファは屈託のない笑みを浮かべる。


「あっ、せやけどアホの方がええとか、アホのままじゃアカンとか、そういう話とはちゃうんやで。

 うちらみたいなアホがおれば、院長センセや団長さんみたいな賢い人が、こうしてチャンスを与えてくれる。

 だからうちらはこうして、残り15%に賭け続けられる。夢を捨てずにおれるんや。どっちかかたっぽだけでも叶わへん。

 うちは団長さんみたいな生き方も好きやし、尊敬できるって思うで」

 

 言葉が出なかった。

 そんな風に自分の生き方を肯定されるのは初めてだった。

 ナーミもこんな彼女に(ほだ)されたからこそ、故郷を遠く離れて夢を追う旅に踏み切ったのだろう。


 ……と。


「いでででで! 頭に爪立てるのはやめろジロー!!」


「カオガアカイゾ、スケベ!!」


「違う!! そういうんじゃない!!」


 振りかざす拳をジローはパタパタと羽ばたいてかわし、レファはケタケタと笑った。


「……せやけど、うちのアホに付き合わせてえらい遠くまで連れてきてしもたなぁ。

 うちの手前おくびにも出さへんけど、きっとナーミも寂しがっとるやろなぁ。

 あの通りのカッコつけやから意地でも書かへんやろし、うちが代わりに院長センセに手紙でも書くかぁ。

 『センセの愛娘、長らくお借りしてすんません。うちが必ず故郷に錦を飾らせるさかい、もうちょっと辛抱したってください』って」


「あなたも院長先生の大事な愛娘……だろう?

 手紙にはあなたの事も書くべきだ」


「せやろか? ふふ、せやったらええなぁ」


 レファは遠くを見つめるように目を細める。


「おーい、どうだい団長さん。あたしの演奏は? 合格?」


 舞台から手を振るナーミに、ジローは翼で大きなマルを、ルアンはぐっと親指を立てる。

 それを見たナーミは、演奏中の勇ましさが嘘のような満面の笑みを浮かべた。


「ぶんだんちょー、なんかぶんだんちょーにお手紙来てるっすよ?」


 またしても道化師の青年が呼ぶ声がする。忙しい日だ。


 手渡された小包の封を解くと、中には透き通った石のペンダントのようなものが入っていた。

 送り主はセカンド=ツクヴァのカズマ。

 添えられた手紙によれば、これはなんでも魔導通信機の試作品で、遠く離れた場所同士で会話ができるのだという。

 手紙には、茨城とイヴァ=ラキを繋ぐ移動手段――”塔”がもうじき完成すると書き添えられていた。


「へぇ、セカンド=ツクヴァの学者だか魔法使いだかは、けったいなもん作りよるなぁ」


「でもさレファ、これを使えばあたしの歌を遠くまで届けられるかもよ?」


 レファとナーミが興味深そうに魔導通信機を覗き込むが、


「カズマのやつ、肝心の使い方が書いてないじゃないか……」


 と、途方にくれていると、突如石が振動し始める。

 驚いて取り落としそうになった拍子に、偶然正しい場所を触ったのか、石からカズマの声が流れ出した。


「ようルアン、久しぶり。カズマだけど」


「ああ、カズマ、この石は――」


「悪い、ゆっくり説明してやりたいところなんだけど今はそれどころじゃないんだ。

 エルが事故で向こうへ飛ばされた。

 一応無事っぽいが早めに救出してやらないとマズいことになりそうだ。

 だからお前んとこのジローを――」


 カズマが皆まで言う前にジローはテントを飛び出し、セカンド=ツクヴァめがけてはばたいた。

 ピンと立った耳の友人を救うために。


「ジローならたった今向かった。私は――」


 ルアンはちらりとアリサたちをうかがう。


「行ってらっしゃい団長。大丈夫、演目はもう決まったでしょ?

 後は私たちでなんとかできるから。

 だけど……そだな、本番までにはジローちゃんと一緒にちゃんと帰ってきてね?

 約束だよ、るぱん」


 微笑みかけるアリサに、ルアンは「ああ」と強く頷いた。



 

(担当:伊織ク外)

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