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 カルロと別れ、自室に戻ってリリナカーナは夜会用のドレスを乱雑に脱ぎ捨てた。

 下着のままベッドの上に倒れこんで、熱くなった目頭から大粒の滴がはらはらとこぼれ落ちた。

 リリナカーナはカルロに言ったように、カルロのことは本当に好きだった。

 短い期間で婚約の話は何度もあった。

 その中から良い物を選んで、何人かと会ったこともある。

 その中で、カルロだけが違った。

 カルロだけがリリナカーナにとって特別だった。

 カルロはリリナカーナ自身にもそれ程関心があるようには見えなかったが、それでも他に会った候補者や夜会で見る年の近い男性たちが軒並み、折に触れて薔薇姫を褒め称えるのに対して、彼だけがその名を一切出さなかった。

 それどころか、リリナカーナには彼が薔薇姫に対してもさして関心があるように見えなかったのだ。

 リリナカーナにとって、カルロは運命の人だった。


 社交界デビューの日。

 リリナカーナは従兄弟のエスコートで初めて夜会に出た。

 きらびやかな会場、美しく着飾った人々、初めてのダンス。

 すべてのものが輝いて見えた夜会で、リリナカーナはその美貌から注目された。

 母親譲りの銀の髪に、父親譲りの若葉色の瞳。

 女性にしては高い身長に肉付きの薄い身体はマイナス要素だったかもしれないが、長い脚の曲線美は密かな自慢だった。

 美しいフェディントン伯爵令嬢。

 そう言って沢山の男性にダンスに誘われた。

 それもすぐに終わってしまったが。

 リリナカーナが社交界デビューをした一月後、オデュッセイ公爵家の薔薇ことリリーローズ・オデュッセイが颯爽と社交界に現れた。

 王子殿下に伴われて現れたその時から、彼女は社交界の華となった。

 そもそも、デビュー前、幼い頃から美貌で有名だった彼女は、年を重ねるごとに一層の磨きをかけた美しさで男性たちを虜にした。

 リリナカーナを熱心に口説いていた男性たちも、いざ薔薇姫を目にすると花に群がる蜂のように薔薇姫に傾倒していった。

 そんな姿を遠巻きに、リリナカーナは改めて自分の矜持が折れるのを感じた。

 折ったのはまたしても薔薇姫である。

 リリナカーナは薔薇姫の登場で存在を忘れ去られるのではなく、対照的な容姿と似た名前から何かにつけて比べられることになった。

 曰く、リリナカーナの女性にしては高い身長と薄い身体をさしてまるで男のようではないかと、対する薔薇姫の豊満な肢体のなんと蠱惑的なことか、と。

 曰く、リリナカーナの銀の髪をさしてまるで老人のようだと、対する薔薇姫の見事な金髪をさして陽光の如き美しさと。

 曰く、リリナカーナの凛とした佇まいや顔立ちをさしてまるで可愛げがない、矜持ばかりが高いと言い、対する薔薇姫の常に浮かぶ微笑をさして佇まいも顔立ちも愛らしい天使のようだと言う。

 社交界の男性たちはあっという間に手の平を返して、それまで褒め称えたリリナカーナと彗星の如く現れた薔薇姫を徹底的に比べ、リリナカーナを謗った。

 そうして薔薇姫を讃える声に不満と嫌悪と、薔薇姫自身への私怨を募らせていったリリナカーナにとって、正に薔薇姫は鬼門だった。

 社交界の男性の視線を独り占めする薔薇姫の周囲には、彼女の婚約者である王子殿下と、兄であるアルフェンディ・オデュッセイの他に、名のある家の見目の良い嫡子が集まっていた。

 最初は、その嫡子たちやアルフェンディ・オデュッセイに近づくために薔薇姫と懇意にしようとした令嬢たちも少なくなかった。

 彼女の友人として彼女の侍らせる男性とお近づきになり、ゆくゆくは婚約・結婚をしたいという野心持つ令嬢たちは、他ならぬその男性たちの手によって尽く排除された。

 婚約者が薔薇姫に入れあげるばかりか、それについて彼女に苦言を呈した者が逆に婚約を破棄されるという事態に至った者もおり、その噂はまたたく間に貴族女性たちに広まった。

 彼女に入れ込む想い人や婚約者を見て、何をすることもできない。

 何をすることも出来なくさせているのはその想い人や婚約者たちであったが、令嬢たちの憤懣は薔薇姫に向かった。

 女の嫉妬は女に向かう。

 ある意味では、それが真実であると証明された瞬間であったかもしれない。

 多くの令嬢が薔薇姫に対して大なり小なり敵意と反感を持ち、それでもそれを言葉に出来ない状態が続いた。

 そして令嬢たちが行ったのは、徹底的に薔薇姫と男性たちを排除したコミュニティの形成だった。

 これによって薔薇姫は年の近い貴族女性との繋がりをほぼ全て失うこととなったが、彼女自身がそれを気にした素振りもなければ、あいも変わらず見目の良い男たちを侍らせていたので、彼女に対する不満はさらに募ることとなった。

 そして女性だけのコミュニティで賛同者を得て、一部の過激な女性たちは薔薇姫失脚へと動き始めたのである。

 ただ彼女の兄と婚約者である王子殿下が曲者で、薔薇姫失脚の道は遠いようだった。

 リリナカーナは彼女が失脚して喜べる程度には彼女が嫌いだったが、重ねて言うように積極的に失脚させたいとは思っていなかった。

 それよりもリリナカーナにとって重要だったのは、未だ婚約者がおらず、結婚の予定が自分の人生にないことだった。

 そして夜会に繰り出し、お茶会などで情報を集め、地道に婚約者探しをしていたリリナカーナの前に、彼は現れたのだ。

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