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 すっかり冷めてしまった紅茶を飲んで、荒れ狂う心を強引に撫で付ける。

 リリナカーナには考えをまとめる時間が必要だった。

「今ならアルフェンディ・オデュッセイの方がまだまとも《・・・》なんじゃないかって思えるわ」

 痛むこめかみを押さえつつ、リリナカーナは言葉を吐き出した。

 まともであることと好ましいかどうかがこうも比例しないとは、リリナカーナにとって知りたくない事実だった。

「しかし彼との婚約は絶対に御免なんだろう?」


「そうね、御免だわ」

 アルフェンディ・オデュッセイの何がそんなに癪に障るのか。

 リリナカーナにとってアルフェンディ・オデュッセイとは、大嫌いな薔薇姫の兄で、とにかく面倒臭い野郎という印象しかないのだ。

 気の利かない対応にも腹が立ったし、花束一つでカルロに誤解されたことも腹が立っていた。

 ただ後者についてはそれ以上にカルロに立腹しているのでそれ程だが。

 付け加えて言えば、薔薇姫に似た顔も気に食わない。

 とにかく視界に入るだけで渋面になる程度に嫌っている。

 本当に唯の私怨で、毛嫌いと言うに相応しいものだ。

「でも私は貴方に馬鹿にされるのも御免だし、貴方の自尊心を満たす為の玩具でもないわ」

 リリナカーナはオデュッセイ兄妹を名前を聞くのも厭う程に毛嫌いしている。

 しかし今はその兄妹以上に、自分の婚約者であるカルロに腹を立てているのだ。

 もとより自分について、他人にとやかく言われることを嫌う性分である。

 馬鹿にされる等もってのほかだ。

「君を玩具だと思ったことはないけれど……うん、一つ訂正したい。 君はあのパーティー以降、随分と良い方に変わったと思う」

 別に前が悪かったとは思っていないけれど、と付け加えられた言葉に、リリナカーナはやはり不機嫌そうにカルロを睨み付けた。

「今更お世辞は結構よ」

 おまけの言葉も余計だと言えば、カルロは本心だと言った。

 それが真実かどうか、リリナカーナにはわからない。

「昔の君なら私はとっくに部屋どころか屋敷を追い出されていただろうし、追い出される前に平手か何かあっただろう」

 カルロの言う通りだった。

 リリナカーナが本当に変わっていなかったとしたら、恐らくカルロにはそれなりの報復をした筈だ。

 まず手始めに平手から、気分次第ではティーカップをカルロに向けてひっくり返すこともあったかもしれない。

「紅茶はやめてくれ、勿体無いし火傷する」

 リリナカーナがじっとテーブルの上のティーポットを見つめていると、視線の意図を察したのだろうカルロは素早くティーポットをリリナカーナから遠ざけた。

「もう冷めてるわよ」

 だから火傷はしないとリリナカーナが言えば、カルロはそれでも嫌だと首を横に振った。

「カップを投げつけるのはもっと無しだ」

 リリナカーナが空のカップに視線を移した事を目ざとく察知したカルロはカップも遠ざける。

「割れたらそれこそ勿体無いじゃないの、投げないわよ」

 遠ざけられていくカップを目で追いながら、リリナカーナが唇を尖らせれば、カルロはリリナカーナの言葉を確かめるように問い返してきた。

「本当に?」


「今他の方法を考えているの、ちょっと黙っててくれる?」

 そう言ってリリナカーナが室内の本棚や花瓶に視線をやったところで、カルロはリリナカーナの両手を自分の両手で包むように捕まえた。 

「ちょっと」

 掴まれた手を振り解こうとすれば、拘束は強くなる。

 抗議の視線を送れば、カルロはそれを真正面から受け止めた。

「君に何かさせない為にはこうするのが一番簡単だったと思って」

 図らずとも手を取り合って見つめ合う格好になるが、そこに甘い雰囲気はない。

「貴方が何も言わずにいてくれたら何もしないわ、そのまま帰ってくれたらもっといいけど」

 掴まれたままの手を持ち上げたり下ろしたり、時々揺すってみたりしながら、リリナカーナは言った。

 そのまま帰ってくれたら、リリナカーナの怒りがどうにかなるまで会わないだろう。

 その怒りがどうにかなる日がいつ来るのかは、リリナカーナにも不明だ。

「今帰ってしまったらもう二度とこうして会ってくれないだろう?」

 まるでリリナカーナの思考を読んだかのように、カルロはリリナカーナの行く手を阻む。

 リリナカーナがカルロの言ったようにわかりやすいのか、はたまたカルロが聡いのか。

 両方だろうとリリナカーナは内心で呟いた。

「そうかもしれないわね」

 リリナカーナは掴まれたままの手を見下ろして、そのまま思考の海に溺れていった。

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