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――もう駄目だわ……。
一つの結論に至ると、リリナカーナの瞳から大粒の涙がこぼれた。
ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭うこともなく、リリナカーナは滲んだ視界をただただ見つめていた。
脳裏に浮かぶのは後悔の念。
どれだけ悔いても、口から出た言葉を喉奥へ戻すことは出来ない。
自分の行いをなかったことには出来ない。
結局のところ、リリナカーナは幼い頃から何も成長していなかった。
薔薇姫と出会うまで、リリナカーナは自分こそが誰からも愛されるお姫様だった。
フェディントン伯爵家の一人娘。
両親に愛され、伯爵夫妻を慕う使用人や領民に囲まれて、誰もがリリナカーナを本物のお姫様のように扱った。
そこに打算があったとしても、リリナカーナはそれに気づかなかったし、気づいていないふりも得意だった。
薔薇姫と出会った後も、リリナカーナの本質は何も変わらなかった。
リリナカーナの意識は変わったかもしれないが、リリナカーナを取り巻く全ては変わらなかったのだから、当然と言えば当然のこと。
リリナカーナは、あいも変わらずフェディントン伯爵家のお姫様だ。
甘やかされて育った、プライドの高い癇癪持ち。
何も変わっていない。
ただこれまではカルロのお姫様になれるように、努力という言葉で飾って取り繕って、猫を被っていただけだ。
それでも結局、カルロのお姫様にはなれなかった。
リリナカーナでは、カルロのお姫様にはなれなかったのだ。
「リリナカーナ」
白く骨ばった長い指先が頬に触れる。
その指先はひっきりなしに溢れる涙を掬い取るように動く。
そこで漸く、リリナカーナはカルロが正面のソファーから自分の真横に移動していることに気付いた。
「リリナカーナ」
名前を呼ばれる。
それが随分と久しぶりな気がした。
「すまない」
「君を疑うようなことを言った」
ような、ではなく疑っていただろうに。
そんな考えが顔に出ていたのか、カルロはそれをみとめて言い換えた。
「君を不安にさせた」
榛色の瞳が真っ直ぐに、リリナカーナを見つめている。
その瞳に映り込んだリリナカーナの顔は、随分と間抜けなものだった。
「私……」
不安だったのだろうか。
カルロの言葉を、リリナカーナは吟味する。
カルロは黙ってリリナカーナの言葉を待っていた。
「私、不安だったの?」
自分でわからない自分のことが、カルロにわかるはずがないのだが。
リリナカーナはぼんやりと呟いた。
そんな風に、見えていたのだろうか。
「そう見えたが、違っただろうか?」
「そう……そうね、不安だった」
リリナカーナは、不安だったのかどうか。
不安だった。
不安だったからこそ、対話を避け、自己完結して逃げたのだ。
ではリリナカーナは何が不安だったのか。
何を恐れていたのか。
その答えにはすぐに思い至った。
リリナカーナは、ずっと怖かった。
カルロからリリナカーナを否定する言葉を聞くことを。
カルロに不要だと判断されることを。
カルロが、リリナカーナとの婚約をなかったことにしてしまうことを、リリナカーナは何より恐れていた。
それが、薔薇姫の存在と相まってリリナカーナは常に不安だった。
離れていってしまう前に、自分から突き放そうとする程に。
それはリリナカーナのちっぽけな矜持を守るためだけの自己中心的な行動だった。
リリナカーナが捨てられたのではない。
リリナカーナが捨てたのだ。
そう思い込むことで、リリナカーナの継ぎ接ぎだらけの歪な自尊心が守られる。
それによって何を手放すことになったとしても、リリナカーナにとって、漸く積み上げた自尊心だけは失うことが出来ない。
そう思っていた。
だからこそ、突き放そうとした。
自分から婚約破棄を願い出て、自分から離れていくことで、リリナカーナは自分だけを守ろうとした。