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取り敢えず開けよう。
リリナカーナは一度深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
それから覚悟を決めて、ペーパーナイフを手に取る。
丁寧に開封して、中に収められていた便箋を取り出した。
そしてもう一度深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
嫌な意味で忙しない心臓が、このままでは破裂してしまうのではというありもしないことへの不安が過る。
それを無理矢理抑えこんで、リリナカーナは便箋に丁寧に綴られた文字に目を向けた。
几帳面さが伺える字で、綴られていたのは当たり障りのない挨拶。
それから、公爵家主催のガーデンパーティーへの招待状が同封されていた。
オデュッセイ公爵家との個人的な付き合いも、政治的な繋がりもないフェディントン伯爵家へ、それもリリナカーナ個人に宛てての招待状。
「絶対に行きたくない」
そもそも関わりのない家からの突然の招待状など怪しい物である。
何か裏があるのかと勘ぐってしまう。
リリナカーナ個人としては薔薇姫とは一度として会話をしたことがないし、挨拶だって王子殿下への挨拶のついででしかなかった。
アルフェンディ・オデュッセイについても、先の夜会で初めて話した程度。
それも相手はリリナカーナに気づいていなかった。
ただカルロがあの庭でリリナカーナとアルフェンディ・オデュッセイが話していたことを知っていたので、相手もリリナカーナに気づいているのかもしれない。
それでも普通、交友関係にない個人に宛てて招待状を贈ったりはしないはずだが。
「ただの招待状で良かったと思うべきかしら?」
家格の違いから断ることは望ましくないが、これまで全く付き合いのない分、フェディントン伯爵家の痛手にもならないだろう。
そもそもがリリナカーナ個人に宛てての招待状であるのだから、断ったとして家名に傷がつくこともないはずだ。
たんに行きたくないからではなく、それなりの理由が必要になるが、その辺はどうとでもなる。
ただこの招待状が送られてきた意図を確かめることは難しいだろう。
「体調不良が無難よね」
仮病で欠席することを決めて、リリナカーナは便箋を封筒に戻してレターケースに入れた。
本当は手元に置いておきたくない気持ちもあったが、中身が当り障りのない招待状故に処分も出来ない。
自分用の封筒の束の中に混ぜ込んで、なるべく目に入らないようにする。
紛失も、物の管理が出来ないと思われる為に望ましくはないが、偶然、偶々失くなってしまうことは誰にでもあることだ。
なるべく失礼のない範囲での欠席の旨を記したお詫びの手紙をしたためて、そしてリリナカーナはすぐにその手紙の存在を忘れてしまった。
そんな手紙よりも、カルロからの返事がない事のほうがリリナカーナにとって大事だったのだ。
その時のリリナカーナには、このお詫びの手紙と欠席理由の仮病が後々に面倒な結果を招くとは思いもしなかった。
その面倒が届いたのは、リリナカーナが仮病で欠席したオデュッセイ公爵家のガーデンパーティ開催日から三日後のことだった。
仮病の為に大人しくベッドで横になって退屈していたリリナカーナに届けられた、待ち望んだ一通の手紙。
カルロからの返事には、リリナカーナの体調がよくなり次第カルロからフェディントン伯爵邸を訪ねるという旨が記されていた。
退屈と鬱屈と仮病による少しの罪悪感を持て余していたリリナカーナは、それでもカルロからの返事に途端に舞い上がった。
カルロが会いに来てくれる。
――以前の失礼な態度を謝って、それから、それからきちんと話をしよう。
スヴェンの言葉を思い出して、リリナカーナは改めて決心した。
そして体調が良くなったという手紙を出したのが昨日。
カルロはその日の内にそれに返事をくれた。
明日はカルロがフェディントン伯爵邸に来る。
朝から念入りに準備をして、そわそわとエントランスホールをうろつきながらカルロの到着を待つ。
そんなリリナカーナに、またしても待ち望んだものでない方が先に届いた。
――仮病なんて使った罰かしら?
それを見てリリナカーナは頭を抱えた。
カルロの到着より僅かばかり早くフェディントン邸に届けられたのは美しい薔薇の花束で、送り主はアルフェンディ・オデュッセイだった。
曰く、体調不良(仮病)で欠席したリリナカーナへの見舞いの品だという。
リリナカーナの中でカルロとの不和の原因となっているアルフェンディ・オデュッセイからの贈り物だからか、美しい花束も忌々しいものに見えた。
何より忌々しいのが、偶然だとわかっていても、それが届いたタイミングがカルロがフェディントン邸を訪ねてくる少し前だったことだ。
奇しくもリリナカーナは自分の婚約者を、婚約者以外の男性から贈られた花束を持って出迎えることとなってしまった。