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「じゃ事実じゃないじゃない、そもそもお姫様の為に近衛騎士になるって変よ、婚約解消なんて今時珍しくないんだから」
確かに婚約解消は珍しくはない。
だがどちらかが泥をかぶる形で破棄する場合と、双方合意のもと表向き円満に行う解消とでは雲泥の差がある。
というのも、貴族の婚約とはビジネスの意味合いが強いからだ。
家同士の結びつきを強めるためや、派閥、権利の共有などを目的として選ばれる。
嫡子は勿論、その家の一粒種となると家の利益を優先した縁談を纏める。
表向き円満に行う解消であれば痛み分けになるが、破棄となると破棄された側が圧倒的な痛手をこうむる。
だが嫡子や一人っ子以外の婚約となると自由なもので、試しに交際するような感覚で一時的な婚約を結ぶことが多い。
そのような婚約には期間が設けられ、その期間内にどちらからも解消の申し出がない場合に限り、正式な婚約期間として認められる。
婚約は結婚の前段階であり、婚約の期間が長すぎても短すぎても良からぬことがあったのではと噂されることもある。
そのため、大抵の貴族子女は十代前半に婚約を決める。
「でも火のないところに煙は立たないわよ」
全く根も葉もない噂であろうとも、その噂が出回るには原因がある。
それがこじつけでも何でも、何処かしら、怪しいところがあるものだ。
そして真実は当事者にしかわからない。
「立つわよ、面白おかしく火種を作って勝手に煙を立てるのが噂よ?」
「でもカルロは……」
リリナカーナが疑心暗鬼になっている以前に、カルロは薔薇姫を気にしている。
薔薇姫の動向や彼女にまつわる噂を気にかけている。
それはいつだってカルロをまっすぐに見つめてきたリリナカーナだからこそ気づけたことだった。
「それに薔薇姫相手じゃ絶対に成就しない恋なんだから」
スヴェンは事も無げに言った。
「どうしてそう言い切れるの? 人の気持ちなんてわからないじゃない」
わからないからこそ、リリナカーナは自分で判断して遅い初恋を切り捨てようとしているのに。
「王子殿下の婚約者よ? 臣下がどうこう出来る相手じゃないわ」
そのどうこう出来ない相手に沢山の同年代の男性が夢中になっている現状を思い出して、リリナカーナはなんだか胸がむかむかしてきた。
「でも薔薇姫がカルロを好きになったり、傍に置いておきたがったら?」
現状を見れば、不可能とは言い切れなかった。
王子は薔薇姫にあからさまな好意を示している者も傍においている。
それは薔薇姫の心は王子にあるという自信から来るのか、はたまたそこまでの興味がないのかはわからないが、現状はそうなのだ。
だから薔薇姫がカルロを傍にと望めば、もっともらしい理由をつけて傍に置くこともありえないとは思えなかった。
「難しいと思うわ、だってあのお姫様はオデュッセイ公爵家の娘で、貴女の婚約者殿はロクサーヌ公爵家の次男よ」
「家格は釣り合ってるわよ」
どちらも公爵家、家格は同等だ。
「家格だけね。 さしたる旨味のないオデュッセイ公爵家の姫なんてどこの家も選ばないわよ、今は王子殿下の婚約者という価値があるけれど、それ以外はあの人を惑わす美貌だけだわ」
その王子の婚約者という価値もいつまでもつかわからないものだ。
王子が心変わりをしてしまえば一瞬でなくなってしまう風前の灯のようなもの。
薔薇姫は常に薄氷の上に立っているような状況の筈なのだ。
「それも貴族間の結婚じゃ唯のマイナス要素よ、誰が常に男を惑わして侍らせる女を妻にしたいと思う?」
ハニートラップとして使えるならば政治的利用価値もあるだろうが、薔薇姫の現状を見れば、利益以上の不利益を被りかねない。
常にお互いを牽制しあい、隙あらば蹴落とそうとする貴族社会の価値観で見れば、不特定多数の相手に付け入る隙を与えかねない彼女を欲しがる家はないだろう。
「……薔薇姫って何を考えているのかしら?」
「急にどうしたの?」
「今のあの状況……彼女が望んでのことなのかしら? あんな風に男の人を侍らせて、自分がどう見られるかわからないのかしら?」
もし望んであの状況なのだとしたらなんという鋼の精神の持ち主だろう。
他人の目が気にならないという点は羨ましく感じることもあるだろうが、恥も外聞もないのは御免蒙りたいというのがリリナカーナの心情だった。