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 リリナカーナは恋をしていた。


 リリナカーナ・フェディントン。

 フェディントン伯爵夫妻のもとに生まれた一人娘。

 彼女は両親の溢れる程の愛情に包まれ、優しい使用人たちに囲まれて何不自由なく育った。

 彼女はフェディントン伯爵邸のお姫様だった。

 欲しい物は何でも手に入る。

 誰もがリリナカーナを愛していた。

 そんな環境で築き上げられた、いっそ傲慢とも言えるリリナカーナの矜持は、ある時波打ち際の砂の山のように脆くあっけなく崩れ去った。

 それは彼女が10歳の誕生日を迎えて数日後のこと。

 王宮で王子殿下の13歳の誕生日を祝うパーティーが開かれた。

 それは王子殿下の婚約者を決める意味合いも兼ねており、王子殿下と年の近い貴族の子が集められた。

 女の子は未来の妃殿下を夢見て、男の子は、王子殿下と親しくなり重用されるよう親に言い含められて。

 それぞれの思惑を持って、パーティーに参加していた。

 参加者の大半が子供ということで、パーティーは昼間、王宮の庭園で行われた。

 それにリリナカーナも参加していた。

 父に新調してもらった若葉色のドレスは、両親を始め使用人たちにも可愛らしいと好評だったものだ。

 母親譲りの銀髪を毛先だけ内側に巻いて、リリナカーナは誕生日に贈ってもらった自分の鏡台の前で何度も笑顔を作って見せた。

 リリナカーナはその時まで、自分が一番美しいのだと思っていた。

 我先にと王子殿下に挨拶しようと幼くも互いに牽制し合う子どもたちを一歩下がったところで眺めながら、リリナカーナは悠然と構えていた。

 それは自分が一番美しいという自信からくる余裕だった。

 リリナカーナは母が寝物語に読んでくれたお伽話のように、王子様の方がリリナカーナを見初めてくれるのだと信じていた。

 そうして王子様がこちらへ来てくれるまでの暇つぶしとして暫く眺めていると、牽制し合う子どもたちの様子が変わった。

 子どもたちは、自分たちも通ってきた庭園の入り口を見つめていた。

 小さな囁きも止まり、誰もが静かに、熱心にそちらを見ている。

 王子殿下が立ち上がり、庭園の入口の木香薔薇のアーチの下に立つ一組の男女の前に歩み出た。

 そこでリリナカーナはようやく皆が見つめる人物の方へ目をやった。

 そこには絵画の中から現れたような天使が2人、寄り添い立っていた。

 陽光にきらめく絹糸のような金糸は緩やかなウェーブを描いており、白い真珠のような肌は手触りも良さそうだ。

 形の良い眉の下には空を切り取って収めたような青い瞳、すっと通った鼻筋と薄紅色の形のよい唇。

 どこから見ても美しい。

 王子殿下が少年の方と二言三言言葉を交わし、やがて少女の手を取って元の席へ戻る。

 そのうちに周囲のひっきりなしだった囁きも蘇り、皆が口々に王子殿下とその少女の美しさを讃えた。

 未来の妃を夢見ていた少女たちも、その少女の余りの美しさに嫉妬すら抱かないようだった。

 リリナカーナの一番近くにいた少女が、友人だろう少女たちに向けた囁きが聞こえた。

「あの方はオデュッセイ公爵家の令嬢だわ、噂に勝る美しさね」

 続いて他の少女たちの声が聞こえる。

「まあ、あの噂の?」


「殿下と並んでいる姿をご覧なさいよ、お似合いね」


「流石はオデュッセイ公爵家の薔薇姫様よね」


「あちらの素敵な方は?」


「薔薇姫様の兄君よ」


「素敵ねえ」

 次々聞こえる囁きから、リリナカーナはその少女がオデュッセイ公爵家の令嬢・リリーローズだと知った。

 その美しさから咲き誇る薔薇を思わせる少女、リリーローズ・オデュッセイは大変有名らしい。

 そして彼女を庭園までエスコートしてきたのが、彼女の兄であるアルフェンディ・オデュッセイだった。

 公爵家の薔薇姫の登場に切り替えの早い少女たちは2人を取り巻く輪から外れて、他の有力貴族の子息の様子を伺っている。

 リリナカーナもそうするべきだったのだろうが、彼女はただ呆然と、にこやかに会話を続ける王子殿下と薔薇姫を眺めていた。

 リリナカーナは自分が一番美しいのだと思っていた。

 それは両親や使用人たち、両親の元を訪れる他の貴族や豪商たちが口々にリリナカーナを褒める言葉に裏打ちされた自信だった。

 しかし、その自信が今、リリナカーナの中で脆く崩れ去っていた。

 リリナカーナの目には、薔薇姫は完璧な美しさでもってそこに君臨しているように見えた。

 リリナカーナを褒める言葉は、彼女にとってはきっと何の価値もないお世辞だったのだ。

 本当の賞賛とは、彼女のような完璧な美しさを持つ者にしか相応しくない。

 リリナカーナは急に自分が恥ずかしくなった。

 自分なんて、美しくなどなかったのだ。

 酷く傲慢な、我が儘娘でしかなかった。

 周囲の誰も彼もが薔薇姫を讃える声に、リリナカーナの矜持はずたずたに切り刻まれてしまった。

 自分の着ているドレスさえ、薔薇姫の纏うものに比べたらまるで使用人のお仕着せのように思えて、リリナカーナはふらふらと離れた場所にあるベンチを目指した。

 辿り着いて倒れこむように座ると、視界を閉じて何も見ないようにした。

 リリナカーナは傲慢だった。

 王子殿下が自分を選んでくれると信じていたなんて。

 薔薇姫と並ぶ姿はリリナカーナの目から見てもお似合いだった。

 まるで対になるように作られたかのように、2人が並び立つ姿は自然だった。

 薔薇姫はリリナカーナを全てにおいて上回っていた。

 伯爵令嬢と公爵令嬢という家格の違いから始まり、その美しさ、教養、立ち振舞。

 リリナカーナの築き上げた自尊心という高い塔は、もう崩れた瓦礫も残っていない程だった。

 圧倒的な差に、リリナカーナは初めて挫折を知った。

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