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夜桜学園記  作者: 白熊
8/12

7.お屋敷メイド


 目覚まし時計を止めて、朏はむくりと起き上がる。

 カーテンの隙間から射す朝日の爽やかさが、なぜか恨めしく思えた。

 朏は出かける準備をしながら回想していた。

 あまり他人に興味がない性格のせいで忘れていたが、ほんの一月程前に、雨宮慧と三上絵里奈に会ったことを思い出したのだ。


 

 生徒会副会長になって間もないある日のこと。

 雨宮慧と三上絵里奈が生徒会室に訪ねてきたことがあった。


 「やぁ、新生徒会長様」

 「こんにちは、桜さん」


 既に全ての職員と生徒の顔と名前を把握しているらしい桜と違って、にこやかに挨拶する二人が学園内で騒がれる「王子と姫」だと気付くまでに朏はかなりの時間を要した。


 「雨宮と三上か。前生徒会長とその婚約者が何用だ?」

 「何って、挨拶とお祝いだよ。会長就任おめでとう。一年生にして会長になるとは、さすがだね」

 「おめでとう、桜さん。一年生とはいえ、あなたなら立派に会長を務めるんでしょうね」


 桜はフン、と鼻で笑ってみせた。

 鼻で笑うのは桜の癖のようなもので、朏にとってはよく見る仕草だったが、自分以外の人間にその仕草をしているのを見ると、失礼ではないか、相手が気分を害さないか、とハラハラしてしまう。

 ついでに言えば、桜は誰に対しても敬語を使わない。先輩はもちろん、教師にも。さらに言うと、誰に対しても呼び捨てか「貴様」呼びだ。なぜか自分だけが「お前様」と呼ばれることに朏は不可解さと、小さな優越感を感じていた。

 「さすがに貴様は失礼じゃないか?」と注意したことがあるものの、「中世の武家は尊敬語として使っていたのだぞ」と返された。お前は中世の人間でも武家の娘でもないだろう、という突っ込みは無意味なものとして呑み込んだ。

 こうした桜の言動の数々は傲岸不遜として嫌われそうなものだが、拒絶せずに喜んで受け入れる人ばかりなのがまた不思議だ。美しい容姿と権力者兼独裁者のオーラが人々に許容させるのだろうか。


 「祝いと称して惚気に来たのではあるまいな? 祝われるべきは貴様らだろう。正式に婚約が決まったらしいではないか。私からもおめでとう、と言っておこう」


 本当に祝っているのか疑いたくなる物言いだが、雨宮も三上も嬉しそうにはにかんで笑った。声を揃えて「ありがとう」と言った二人は、本当に幸せそうに見える。


 「初恋の相手と婚約できて幸せだよ。結婚前に絵里奈がどこかに飛んで行ってしまわないか不安だけどね」

 「私にとっても大切な初恋相手だもの。十年以上も一緒にいるのに、今さら他に目が行くわけないでしょう?」


 眼前で繰り広げられる甘いやり取りに、桜と朏は揃って眉を顰めた。桜の言う通り、本当に惚気に来ただけなのかもしれない。


 「そういう会話は二人きりの時にしてもらおう。十二分に惚気は聞いた。さっさと帰れ」


 桜がしっしっと手を払いながら言うと、雨宮と三上はハッとして顔を見合わせた後、恥ずかしそうに笑った。その反応を見て、無自覚で惚気ていたのかと驚愕する朏。

 二人が照れながらそそくさと退出した後、桜がフンと鼻を鳴らして言った一言に、朏は急いで表情を引き締めた。


 「お前様、羨望と嫉妬の感情が全て顔に出ているぞ」





 準備と回想を終えて家を出た朏は、桜の家までの慣れた道程を歩いていた。

 今日は学校が休みだし、桜と会う約束をしているわけではない。だが、昨日の学校での別れ際に桜は言った。「また明日」と。他の人ならばいざ知らず、桜に限っていえば「休日を忘れていてうっかり」なんて有り得ないことだ。桜がまた明日と言うなら、学校が休みだろうと会うことになるのだ。朏は経験からそう学んでいる。


 桜の家に到着した。武家屋敷のような大きな家と立派な門構えの前に立つと、朏が何もしなくとも門が開かれた。自動ドアではけしてない。門を開けてくれた人物に挨拶をする。


 「おはようございます、忍さん。どうして俺が来た瞬間がわかるんですか?」

 「おはようございます、朏さん。気配と足音ですよ」


 朏のいつも通りの挨拶を受けて、いつも通りの答えを笑顔で返す忍。


 「お嬢様がお待ちですよ。どうぞこちらへ」


 忍に案内されるがままに朏は歩を進めた。

 音もなく歩く忍が身に着けているのはメイド服だ。初めて見た時には生メイドに驚いたものだが、今ではすっかり当たり前の光景として受け入れている自分がいた。古風な日本家屋には似合わないであろう服装だが、忍の姿はなぜか違和感なく周囲に溶け込むのだ。

 いろいろと特殊な忍のことを、朏は本物の忍者だと思っている。身のこなしやあらゆる能力が常人離れしているからだ。名前も偽名ではないかと思っているのだが、「忍さんの本名って何ですか?」と冗談めかして聞いた際、「女の秘密を暴くに値する覚悟はお持ちですか?」と命の危機を感じる笑顔で脅されて以来、真相究明を諦めている。


 「桜お嬢様。朏さんがいらっしゃいました」


 広い縁側のようなところで庭を眺めていた桜が朏を見て微笑んだ。

 家で会う時の桜はいつも、無造作に綺麗な髪を下ろしている。学園で桜のトレードマークともいわれているツインテールは、外出時だけしか見られないことを学園の者たちは知らない。

 そして、桜の家での服装は必ず和服だ。彼女の部屋着のほとんどが長襦袢であることを知っているのは忍を除けば朏くらいである。長襦袢とは本来着物の下に身に着ける薄い肌着らしいのだが、桜の持つものはどれも適度な厚みがあり、美しい柄や刺繍が入った特別仕様なので、言われなければ簡素な造りの浴衣にしか見えない。豪華な旅館浴衣のようなものだ。

 ある時、忍から「お嬢様のあのお召し物は本来下着として使われるものなのですよ」という余計な情報を吹き込まれた朏は、「あれは浴衣だ。下着姿ではけしてない」と自分に言い聞かせるのに苦労したこともある。

 今日も特別仕様の長襦袢を纏っている桜を見て内心ドキドキしているが、顔には出さないように平静を装っている。桜と顔を合わせると、いつも忍がニヤリとした顔で見てくるので、忍にはバレているのだろうなと思う朏であった。


 「休日に呼ばれるのは久し振りだな。昨日の件で何かあるのか?」


 桜と同じように縁側スペースに腰掛けた朏は話を切り出した。


 「特に友達もいないお前様のことだ。どうせ暇だろうと思ってな」

 「……休日くらいは人の心を抉るな。俺の精神が休まらない」


 二人分のお茶とお菓子、それから奇麗な模様の入った文箱のようなものを置いた忍はどこかへ去って行った。いつももてなしの用意が済むと姿を消すのだが、桜が声を掛ければ一瞬で現れるのだ。毎回どこに隠れているのかと思う。やはり彼女は忍者に違いない、と朏が考えるのも無理はなかった。

 お茶とお菓子に手を付けて朏が一息つくと、ようやく桜が本題に入った。


 「お前様に相談がある。まずは聞くだけ聞いてくれればいい」


 そんな桜の言葉に少なからず驚く朏。


 桜の忠犬として側にいる朏は、お願いという名の命令しか受けた記憶がない。朏が断る余地のある言い方を、普段の桜ならば絶対にしないのだ。どれだけの無理難題を頼むつもりなのか、と身構えるのは当然だった。

 緊張しつつも、忠犬らしく桜の言葉を静かに待った。

前回分から、自分が把握しやすいようにサブタイトルの仕様変更しました。

第五話以前のものは気が向いたら直します。

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