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夜桜学園記  作者: 白熊
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第五話

 雨宮という表札が掲げられた一軒家の前で二人は立ち止まる。見るからに豪邸というわけではないものの、品の良い上流階級の香りが漂う外観をしている。


 桜は何の躊躇いもなくインターホンを鳴らした。チャイムの後に、しばらくの静寂が訪れる。


「外出中なのか?」

 朏の声に反応することもなく、桜は再度インターホンを鳴らす。

 またの静寂に朏が口を開こうとしたその時、ドアがゆっくりと開いた。


「これはこれは。生徒会長様と副会長様がお揃いでどうしました?いきなり訪問されるとは驚いたよ」


 笑顔で現れた雨宮慧の姿に、朏は内心驚いた。

少し前まで王子様として輝いていた彼が、今は禍々しいともいえるオーラを纏っていたからだ。

 

 瞳からは光が消え、やつれたように見える。柔らかい微笑みだけは健在で、それがむしろ不気味さを感じさせた。


「驚いただと?貴様は何時から見え透いた嘘を吐くようになったのだ、雨宮。私達がここへ来る様子を二階の窓から覗いていただろう。立ち話は趣味ではない。上がらせてもらうぞ」


 勝手な訪問を詫びることもなく、さらに勝手に上がり込む桜。

 どうぞと言いつつドアを開く雨宮の笑顔が歪んだのを、朏は見逃さなかった。



 リビングに通され、雨宮に促されたソファに座る桜と朏。


「悪いけど、今紅茶しかないんだ。お茶菓子もなくてすまないね」

 笑顔でもてなし始める雨宮。


「もてなされる為に来たわけではない。お茶も不要だ」

 その言葉は聞こえなかったのか、雨宮は人数分の紅茶を用意してから戻ってきた。それぞれの前にティーカップを置き、桜達と対面するように座った雨宮。


 桜はすぐさま話を切り出した。

「単刀直入に言わせてもらう。貴様、CUBEを盗み出しただろう。あれは貴様が持つべきものでも、貴様に扱えきれるものでもない。返してもらおう」


「何のことかな?何か会長の大切なものが盗まれたのかい?」

 微笑みを絶やさずに雨宮は平然と答える。


「誰の私物でもない。天地学園の生徒会長が、他の教師や生徒に知られることなく代々秘密裏に受け継いできたものだ。犯人は貴様しかいない。とぼけた芝居は止せ」

 桜の言葉に雨宮の表情は崩れないものの、その目はけして笑っていなかった。


「君の前に生徒会長を務めていた僕が犯人ってことかい?天才的な君にしてはとても短絡的な結論の導き方だね。僕以前の生徒会長が犯人の可能性もあるだろうに」


「それはない。学園を卒業した者からは、CUBEに関する記憶が抹消されるように出来ている。アレはそういうものなのだ。過去、生徒会長を務めた者で未だ学園を卒業していないのは貴様だけ。よって、現時点でCUBEの存在を知り得るのは貴様と私のみ。私が盗んでいない以上、犯人は貴様しかいないというわけだ」


 桜は一気に捲し立てる。

「しかし、分からないことも多くある。貴様、学園内で一度CUBEを使用しただろう。恐らく、それ以外にも何度か使ったはずだ。どうやって使用法を知った?何の為に盗み出した?アレはその本質を知らなければただの置物程度の価値しか見出せないはずだ。誰にCUBEのことを聞いた?」


 桜の話を黙って俯きながら聞いていた雨宮が顔を上げる。

 その表情を見た朏の鼓動は急激に早まり、膝の上に乗せていた両手は強く拳を握った。


 雨宮は、もはや禍々しさを隠すことなく笑っていた。

 目は細くなり、口元が大きく引き伸ばされたその表情は、確かに笑顔と定義できるものなのだろうが、そこには狂気しか見えなかった。

 

 こんなに歪んだ猟奇的な笑顔があるのか。朏はそう思った。


「やっぱり、会長様には色々とバレてるみたいだね。どこまで分かって言っているのかな?」

「貴様こそ、何をどこまで知っている?三上絵里奈はどこだ」


  間髪入れずに険しい顔で話す桜に、雨宮はニタァと笑ってみせた。


「絵里奈のことも気付いてたのか。まぁ……気付くよね、会長様なら。何を焦っているのか知らないけれど、大丈夫だよ。絵里奈は僕らだけの楽園にいるから」

「三上絵里奈とCUBEを今すぐ返せ。貴様も三上も、これ以上CUBEを使用すると戻れなくなるぞ」

 

 視線に落ち着きを失くし始めた雨宮に、朏は危機感を覚える。

 こいつ、何か動きに出る。そう直感し、いつでも動けるように身構える朏。


「朏!」


 桜の鋭い呼び掛けと、雨宮が飛び上がるように動いたのは同時だった。


 雨宮は手元のティーカップを取ると、紅茶を朏に浴びせ掛けた。

 そのおかげで数秒、いや、ほんの数瞬出遅れた朏の隙を見逃すことなく、走り出した雨宮は勢いよくリビングを後にする。

 階段を駆け上がる足音が聞こえ、朏と桜がその後を追う。


 雨宮が二階の一室に駆け込み、ガチャリと施錠音が響いた。その扉の前に立つ朏が、ようやく階段を登り終えて追い付いた桜を振り返って尋ねる。


「……こういう時、ドアを蹴破って開ければいいのか?」

「馬鹿者。映画の見過ぎだ。足を痛めたいのなら好きにするがいい」


 桜は数回深く呼吸し、扉の向こうにいる雨宮へ叫ぶ。


「雨宮!今逃げたところで行く先は破滅だぞ!これ以上自分を壊すな!」


 その呼び掛けに返ってきたのは静寂だけだった。

 

 自分はどうするべきかと、部屋の扉と桜に視線を往復させる朏。

やはり足を折る覚悟で蹴破ってみるかと考えたその時、扉からまたガチャリと音がした。


「今、開いたよな?」

 その問いに桜が頷き、朏はゆっくりと扉を開く。


 徐々に見える室内の全容。その奥にいたのは、手に光る黒い物体を乗せ、こちらを狂った笑顔で見つめる雨宮だった。

 雨宮を取り押さえる為、走り出そうとした朏を桜が止める。


「止せ。雨宮はCUBEを使って逃げる気だ。CUBEを発動させてる奴に触れて、お前までどこかに移動したらどうする」


 その言葉に雨宮を凝視する朏。よく見れば、既に雨宮の体がうっすらと透けていた。少しずつ全身が薄くなり、本来見えるはずのない背景が徐々に見えていた。雨宮の手には謎の輝きを発する黒い正方形の物体が乗っている。初めて目の当たりにした「CUBE」の怪しさに、朏は思わず息を呑む。


「これ、CUBEって言うんだね。こいつの名前を教えてくれてありがとう、会長様。心配してくれてるようだけど、僕は大丈夫だよ。絵里奈もね。今の僕が破滅に向かっているとして、それは問題ではない。何時からか、もう僕は破滅していたんだよ。それに気付いたのは、君が生徒会長になり、僕が普通の生徒に戻った時だ。だから大丈夫。僕の全ては破滅しているんだ。そして、絵里奈もね」


 そのおぞましさに朏はぞっとした。

 雨宮のあまりにも歪んだ微笑み。その瞳には、憎悪、絶望、悲痛、様々な色が浮かんでいるようにも見えた。そして、朏にはよく理解できない言葉を語るその声は、とても優しい声音だった。


 雨宮の表情と声音の異様さは、朏の体を芯まで冷やす恐怖を醸し出していた。いつも冷静な桜でさえその顔を恐怖に染めていたが、やはり朏がそれに気付く余裕は無かった。


 雨宮は何処か満足そうな顔付きで、CUBEの怪しい輝きと共に完全に姿を消した。

 

 室内に残された二人は、しばらく恐怖に包まれたまま静かに立ち尽くしていた。

 どれほどの時間が経ってからか、先に動いたのは桜だった。


「帰るぞ、お前様。学園に急用ができた」


 言うなり颯爽と歩き出し、雨宮家を後にする桜。

 桜の言葉でようやく動けるようになった朏だったが、まだ頭も心も動かず、返事もできないままに桜の後を追った。





 学園へ戻る道中、朏がポツリと呟く。


「……何ていうか、怖かったな。あいつ」


「まぁ、そうだな。雨宮の想像以上の狂気に、私としたことが少し恐怖を感じてしまったではないか。……と、しおらしく言えば満足か?怖いものを怖いと認めるのは自分の心の中だけで十分だ。必要以上に口に出すな。呑まれるぞ。正直に言ってしまえば、雨宮が普通の暮らしに戻るのは無理ではないかと感じたが、手遅れだとしても止まるわけにはいかないのだ。何としてもCUBEを奪還し、雨宮と三上を確保する」


 いつも通り強気に語る桜だったが、その言葉の節々から恐怖心を何とか拭い去ろうとする意思が伝わる。そこでようやく桜も恐怖していたことに気付いた朏。


 俺は忠犬なのに、誰より桜を守らなきゃいけないのに……俺は何をやってんだ。自分で精一杯のくせしてどこが忠犬だ。笑わせる。

 朏が「ごめん」と言いかけた瞬間、桜が口を開いた。


「謝るなよ、お前様。私は感情まで守って欲しくてお前様を忠犬にしたわけではない。私が何を感じようと、それはお前様の責任ではない。落ち込むのも自己卑下に走るのも勝手だが、それを理由にして謝るな」


 凛と前を向いたまま言う桜に、ふっと笑みが零れる朏。

「意外と桜の方が忠犬っぽいよな。俺のこと何でも理解してくれてるし」


「最大の侮辱を心から感謝しよう。お前様は単純すぎるが故、思考がいつも表情にだだ漏れで、地球一分かりやすい男なだけだというのにメデタイ解釈をしてくれたものだな」


 鼻で笑って心底呆れた視線を向けてくる桜に、今日ばかりは何の反論もする気にはなれない朏だった。非日常な狂気に触れてしまった朏にとって、日常的な桜の嫌味に今は安心感しか得られない。


「今日のお前様、すこぶる気味が悪いぞ」


 ただ黙って微笑む朏にそう言いつつも、桜も小さく微笑みを見せた。


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