第三話
「ようやく少しは理解してきたようだな」
「まあ、何とか」
脳内の混乱を静めるため、朏は思考を口に出して纏める。
「えー……CUBEは時空間移動ができる何やら大変な代物で、それは誰かの魔力? 魔法? によって今まで秘密が守られてきた。でも桜にはその魔力が効かないからCUBEの存在を知ることができて、危険そうな物だから破壊したい。で、事情が事情だけに教師や警察に説明も面倒くさいし、理解を得るのも難しい。よって介入されるのはむしろ邪魔。秘密裏にこの件を解決したいと……こういうことだよな?」
「概ねその通りだ」
脳がショートしそうな朏に、桜は苦笑する。
「私がこの学園に入る前からCUBEを知っていたこと、CUBEを破壊したい目的に関してはより詳しい理由もあるが、今はまだお前様に説明する時でもないだろう。もうある程度の説明は済んだ気もするのだが、まだ何か疑問はあるか?」
「山積みだよ。魔力ってよくファンタジーに出てくるアレのことか? 現代にも魔法使いっているのか? いや、昔の時代にはいたと思ってるわけじゃないけど……」
「確かにお前様の知能では理解しがたい話かも知れないが、少しは落ち着いたらどうなのだ。そんな風だからお前様は童貞なのだぞ」
「それは関係ないだろ!」
朏の反応に悪戯っ子のような笑みを見せる桜。
いつも桜の毒舌や暴言に怒りを感じても、彼女の楽しそうな笑顔を見る度、瞬時に絆される自分を認識して情けなくなる朏だった。
「お前様は、魔法使いが存在するのかと聞いたな。魔法という言葉の選択が正しいかどうかは疑問だが、私は全ての人間が魔法と呼べる力を使えると認識している。霊感と言った方がお前様には分かりやすいか?」
桜が意味ありげな視線を向けるが、朏は何も答えない。
「霊感でも魔力でも呼び方は何でも構わないが、そういったオカルトにカテゴライズされるものは、単に見えないエネルギーの存在を語っているに過ぎない。そして、見えないエネルギーを理論立てて説明し物質化したものが現代科学だと、私はそう捉えている。私にとっては科学もオカルトも、同じものを違う側面から見つめているだけのことだ」
話し疲れてきたのか、朏への講義に飽きてきたのか、桜は小さく溜息をついた。
「……話が長くなるとお前様の脳がキャパシティを超えるだろう。簡潔に言うとだな、見えないエネルギーを感知し、自分の意思でコントロールする力は誰しもがある程度備えているのだ。それを神秘的に追究したものが魔術や魔法と呼ばれるもので、論理的に追求したものが科学と言えるだろう」
「言いたいことは大体わかったような気もするが……とりあえず、これからお前にどうやって付いて行けばいいのか不安で一杯だよ」
「一気に語りすぎてさすがに申し訳ないとは思うが、ようやくお前様にこういった話ができるようになったのでな。私の忠犬はお前様だけだ。付いて来い」
桜は嬉しさと寂しさを混ぜた表情で小さくそう言った。
朏はその言葉に胸が熱くなり、その表情に胸が痛んだ。
桜がふと、壁に掛けられた時計に視線を向ける。
「お前様のせいでかなりの時間を使ったではないか。他の疑問にはまた答えてやるから、それまでに理解力を増やしてこい。話すのにも少々飽きてきたところだ。では、行くぞ」
朏がきょとんとした顔で返す。
「行くってどこに?」
「決まっているだろう。CUBEを盗んだ愚かなる犯人様の家だ」
*
桜に従い住宅街を歩きながら、朏は考える。
何故こんなにも桜は自由なのか。学園は何故こんなにも桜に権力を与えているのか。
今学園では通常通り授業が行われているはずであり、一生徒が勝手な事情で抜け出していいわけがない。いや、抜け出したという表現は朏の勝手な心情で、適切な表現ではないだろう。桜は堂々と職員室前を通り、正門を通り、学園を出たのだから。
数名の教師が外出しようとする桜を目にしても、誰も気にする様子がなかったのを朏は確認している。
桜に聞いたところで「生徒会長だからな」と返されて終わるのだろう。生徒会長はそんなに権力を持つものだっただろうか、と朏は思う。
まだ入学から二ヵ月程しか経っていない朏は、過去の生徒会長達がどれだけの力を学園内で保持していたのか知らない。だが、生徒会長としての権力を横暴に、自由に、ここまで行使できた生徒はきっと桜以外にいないだろう。
教師の上にすら立つその風格と威厳は、けして十代の少女のものではない。自身に与えられた立場と権限を如何に最大限行使するか、桜は本能的にその方法を理解しているかのように見える。生まれながらにして「権力者」であり、良くも悪くも「独裁者」として存在するのが桜だ。
朏はふいにある出来事を思い出す。
数日前、「よし、授業をサボってみよう」と思い立ったときの事。度々授業を欠席して自由行動をしている桜への少しの憧れと、副会長の自分にも多少の自由行動は許されているのではないかという、ちょっとした実験的思考からの思いつきだった。
その結果、学園内をふらふらとしていたとき出くわした教師によって指導室へと連れて行かれ、「今回は厳重注意のみ。反省文は見逃してやる」という言葉を頂戴することとなった。「副会長だからな」という台詞は、この学園において何の意味もないのだと痛感した出来事だった。
読んでいただいてありがとうございます。
桜が朏との会話に飽き、犯人の家へ向かおうとする場面。
バレバレだと思いますが私が会話を書くのに飽きました。