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夜桜学園記  作者: 白熊
2/12

第一話



 少女は今日も静かに笑う。慈愛に満ちた微笑みで。


 少女の名は咲子。

毎日をひたすら純粋に幸せだと捉え、その幸福感からかいつも微笑みを絶やさない。今日も一人、制服のスカートを楽しそうに揺らしながら、学園内を歩いている。


 いくら学園中を歩き回ろうと、話しかけてくる友人はいない。彼女に視線を向ける者すらいない。それでも咲子は幸せなのだ。

 その幸せの源は、散歩と称して学園を徘徊する、傍目には怪しい日課にある。


 何故それが幸せなのか。理由を一言で片付けてしまえば、咲子はこの学園が好きだから、である。咲子は、人々の間で繰り広げられるドラマを眺めるのが何より好きなのだ。


 日々多くの生徒たちが恋愛話に盛り上がり、試験の結果に一喜一憂し、くだらない話で笑い合う。また一方では、一人の世界に閉じ籠っている者や、その一身に全ての不幸を背負った様な顔をしている者もいる。


 人間の全ての感情が見られる場所と言ってもいいくらいに、学園には様々な人間ドラマが溢れている。

 咲子は、それらの人間ドラマを全て等しく愛していた。自分がその世界に少しも関与していなくとも、眺めていられれば幸せだった。咲子にとって、孤独と幸せは相反するものではないのだ。


 そんな咲子はやはり、学園において異質で異常な存在だった。純粋すぎるが故に狂気的な存在だった。

 日々学園を徘徊して幸せに浸り、人間賛歌に酔いしれる少女の微笑みは、もはや周囲には溶け込めないほどの異常性を感じさせる。


 咲子はただひたすらに多くの人を、その存在そのものを愛しているに過ぎない。しかし、純粋さも突き詰めればただの美しい狂気でしかないことを、彼女は身を以って証明していた。


 咲子はふと立ち止まり、思案げに小さく呟く。

「さてと、今日はどうしようかな。……やっぱり、パトロールにしよう」


 咲子の行動は、散歩であろうとパトロールであろうと単なる徘徊に変わりはないのだが、本人にとっては何かが違うようで、少しだけ表情を引き締めて歩き出す。

行動に変化がないとはいえ、パトロールは単なる咲子の一人遊びではなかった。


 学園には最近、不穏な空気が微かに漂っている。

それはそよ風が吹けば消えてしまいそうなほどに微かで、けれども確かに忍び寄る気配。異常な存在である咲子だからこそ気付いた小さな変化であった。


 その正体は不明だが、そのせいで自分の愛するドラマが、人々が脅かされることのないようにと、咲子はパトロールを始めたのだ。

不穏な気配の正体を掴んだとして、自分に何かができるとは限らない。だが、行動せずにはいられない。


 だから咲子は今日も一人、学園内を歩き回る。

愛する世界が幸せであるようにと、誰にも聞こえず、誰にも届かない祈りを微笑みに変えて。





 *





 普通の街中にある普通でない大きな建物、天地学園。

黒を基調とした学び舎は、隅々まで洗練されたデザインによって洒落た雰囲気を醸し出しており、一見してそれが高校生の通う私立校だと気付くには難しい造りをしていた。


 校舎と同じく制服もそれなりに名のあるデザイナーが手掛けた物で、特に女子用制服は全国でも有名になるほど人気を博している。

 洒落た校舎と可愛い制服、それだけを理由にした入学希望者も数多く、創立十年ほどの天地学園だったが、この少子化の時代においても毎年受験者数は右肩上がりで、立派なマンモス校として存在している。


 全国から生徒がやって来るため学園を中心に人口が増えたり、珍しい造りの学園がちょっとした観光スポットになったりと、学園が設立されたことで街全体が活性化したのだが、住民の全てが学園の存在を快く思っているわけではなかった。


 端的に言ってしまえば、天地学園は黒く巨大な箱である。

学校という怪談が生まれやすい場所が黒に染まっているのだから、それを気味悪く思う者も少なくない。


 古い建物というわけでもないのに、その独特な雰囲気だけで既に密かな心霊スポットとして噂されているのが学園の現状だった。

魔女学園、黒魔術学校、魔界学園など、聞けば吹き出してしまいそうな学園の呼称は多数生み出されている。


 誰が意図したわけでもなく、学園が誕生してからというもの、街全体が少しずつオカルティックな雰囲気に染め上げられていた。学園内はもちろん七不思議や怪談が飛び交い、学園の外でも街のいたる所でオカルト的な噂話が次々と生まれ消えていた。


 その元凶は、一人の男の存在にあるといえる。

天地玄十郎。学園の創立者でもあり、数年間は学園の理事長も務めていた彼は、人を寄せ付けないほどに偏屈で、頑固な変り者の老人らしいと、街ではもっぱらの噂であった。


 しかし、それが事実であるかどうかを知る者は、街には誰一人として存在しない。何故なら、彼は街の住民に姿を晒したことが一度もないのだ。

天地学園での行事や式典などでもそれは同様である。「理事長からのお言葉」と称して代理人が手紙を読み上げることしかなく、理事長自身が人前に立つということは、学園創立以来ただの一度もないのだった。

 それ故に、理事長は偏屈な老人だという噂がいつしか流れ始めたのだが、ここまで頑なに姿を見せない奇人であれば、概ね噂は正しいのだろうと人々は認識していた。


 そして数年前のとある日、天地学園で行われた全校集会にて、理事長の死が全校生徒に告げられた。


 理事長が老衰のために死亡したという事実と、それに伴い学園長が理事の役職も兼任することになるという発表が行われたのだが、その報せに涙する者は勿論皆無であった。

集会の場にいた教師や生徒全員、神妙な顔つきではいるものの、顔も知らない者の死をどう受け止めていいのかわからない戸惑いがその場には満ちていた。


 この日を境に、「理事長の死」を中心とした怪しい噂話が街に飛び交うようになった。

 年月を経た今でも、理事長に関する噂話は絶えず受け継がれている。

――理事長は実は生きている。

――理事長は実は殺された。

――理事長は初めから存在しなかった。


 細部に違いはあるが、理事長の噂は大まかにこれら三つに分類できる。

学園にとって大きな存在であるはずの人物なのに、その顔も声も知る人はいない。これが、天地学園最大の七不思議の一つになっていた。

 この不可思議を孕んだ学園の存在が、少しずつ、街全体にもその異常性を染み渡らせていったのだった。




お目通し感謝です。

横書きのネット小説を書くのは初めての経験なので、改行などにいささかの不安があります。

読みにくいなどありましたら、改善していきますので遠慮なくご指摘お願いいたします。

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