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20年目の手紙-妻から夫へ-

作者: 高槻真純

三回忌を目前に妻の机の整理をすることにした。引出の中に自分宛ての一通の封書を見つけた。妻の字だ。ふわりとした嬉しさのような感情が湧き上がる。

微かに震える手で便箋を開くと、ふと君の香りがしたような気がした。

結婚してからもう20年になりますね、いつもありがとう。

今回、改めて手紙を書こうとい思ったのは、いつもは言えないことを素直に文章にしてみようと思ったから。あなたは何も言ってくれないから、愚痴を言うことになるのかしらね?


看護学校の授業料の足しに、と始めた居酒屋のアルバイト先で出会ったのよね。あの時の私はまだまだ世間知らずで、「おじょうさん」ってからかい気味に言われても言い返せない娘だったわ。まだ19?くらいだったのかしら?だめね。あまり年齢については思い出せないわね。

ざわざわとうるさかった居酒屋の厨房のコンロ前で静かに、でも次々と料理を仕上げていくあなたをぼうっと見てた。注文が入るたびに、ちらりとこちらを見ては仕上がっていく料理。ほんっとおいしそうだったわ。うわー、うまそうーとか思ってた。

そんな私を見て、あなたなんて言ったか覚えてる?

「阿呆、料理が冷めるだろ、とっとともっていけ」

よ?ひどいと思わない?年頃の娘に阿呆ですって!まぁ、よだれが出てたことには触れないでいてくれてありがとう、だけれども。


なんだか知らないけれど、それからはよくバイトの帰りに送ってくれたわよね。知ってるのよ?家の方向は真逆だったってこと。でも、なにも言わずに送ってくれた。家の少し前の角でサヨナラ、でも家に入るまでは見守ってたわね。知ってる?今ではそういうのストーカーっていうらしいわよ?私は嬉しかったからストーカーではないのか。ごめんなさいね。


あなたが独立して自分の店を持ったあと、私はあなたとの縁は切れるものだと思ってたわ。

まさか、付き合ってもないのにいきなりプロポーズされるとは思わなかったけれど。突然のことに、頭は真っ白になるし、勝手に涙は出てくるし、パニックもいいところだと思う。でも、そこで気付いたの。私はあなたを愛してるってことに。だから、すぐに「はい」って返事したの。あなたのほうがびっくりした顔してたのは今でも思い出すとにやにやしちゃうんだけど。


それからは怒涛って言葉がぴったりよね。(あ、漢字ちゃんと書けたのびっくりした?この間漢字検定2級受かったのよね!エッヘン!)

あなたは私に二人の娘と第2の父母をくれた。私の父と母があんなに早くいってしまうだなんて、思いもしなかったから、お義父さんとお義母さんには感謝しているの。娘たちの世話を頼んでしまっているし。まぁ、そうはいってももうあの子たちも成人したし、これからは夫婦の時間が持てるわよね?


そうそう、聞いてみたかったの8年前にあなたがしばらく家を空けてた時、やっぱり彼女とかいたんじゃないの?お義母さんに相談したら、お義母さんが怒っちゃってあなたにちゃんと説明させる!って怒ってたんだけど。気のせいだったらいいのよ。そこのところもちゃんと説明してもらうわね。手紙の返事、書いてくれるんでしょう?


本当に、あなたには謝りたいとこがいっぱいなのよ。

私の体のこととか、私の家族のこととか。迷惑ばっかりかけてごめんなさい。こんなに弱い体になってごめんなさい。でも、あなたが心配してくれているのが嬉しくって。本当に、ごめんなさい。

昨日の検診では、今年予定だったペースメーカーの交換は来年でもいいかもって先生が言ってくれたくらいには元気なのよ。来年、またご迷惑おかけします。


なんだかつらつらと書いてしまったけれど、言いたいのは一つかも。

あなたを今でも心から愛しています。

口では言えないけれど、文字にしたらなんとかって思ったけれど恥ずかしいね!

また明日からもよろしくね!




夕飯の席で、父から一通の封筒を渡された。中身はない。

宛名は父。母の字だ。じわりと涙がこみ上げる。

「これは?中身は?」と聞くと、父は微かに顔を赤らめて「ラブレターだったからみせたくない」だと。じゃあ封筒も見せるなよ。

独り占めしたくなかったんだろうな、と思うけれども。

宛名の文字を指でなぞる。なんとなく、彼女は幸せだったんだろうな、と思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今作を読み終えた後、七年目の手紙(前作)を読み返して…いや、もう…我ながら涙腺の脆さに苦笑混じりです(*´ー`*)*** 夫婦の愛と言うものは、尊いものですね。 [一言] 久方ぶりに…
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