天宮 四季
自分は特別な存在だ。
そう、思う時期が誰にでもあると思う。
もっともそれは精神的に不安定になる思春期に成長する自意識と残った幼児性によってもたらされるもので
大抵の人間は大人になるにつれて自分はどこにでもいる普通の人なんだと納得をする。
このオレもそんな普通人の一人だ。
どこにでもいる平々凡々な青年である。
普通に生きることこそオレの人生の目標!
何事も平均を目指して静かに暮らしたい。
オレはあの日までそう思っていたのだった。
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「仰げば尊し」が流れている。
オレも音痴だが万感を込めて歌った。
そう、今日は卒業式だ。
オレはこれで高校を卒業する。
これで一生学ランに袖を通す機会もないのかなと思うと改めて感慨深いものがあるな。
「卒業生、退場」
そんなことを考えているとき進行役の声が聞こえた。
うわ、いつの間にか終わってるじゃん。
すまん、校長先生。結局貴方のお話は在学中一度も聞くことが出来ませんでした。
そう、心で呟いて退場する。
オレが先頭だ。
目立たないことを信条とするオレだが名前が「天宮 四季」苗字がア行なので出席番号が1番になってしまったのだ。
「ふぅ、終わったな」
そう声を掛けてくるのは親友の「崎守」だった。
「最後だが、一緒に帰ろうぜ。」
そうして俺たちは最後の下校を共にするのだった。
帰り道での話の話題は尽きなかった。
なぜかというと……。
「天宮、今日は残念だったな。三年間ずっと好きだったんだろ?」
そうだ。オレは三年間好きだったあの子に一大決心をして今日告白を実行した。
しかし、崎守の言うとおり残念な結果に終わったのだった。
「仕方ないさ。殆ど喋ったこともなかったんだぜ?それなのに卒業式の日に告られてもまぁ、断るでしょ?」
そう、おどけて返事をしてみたが崎守からの反応はなかった。
怪訝に思い、顔を窺うとどこかを凝視している。
自然にオレは視線の先を追って息を呑んだ。
その視線の先には今日告白した女の子が歩いていた。
そして、その後方にサラリーマン風の男が歩いていた。
恐らく、崎守が固まった理由は彼女が歩いていたからだろう。
だが、オレは別の理由だった。
後ろを歩く男の眼だ。
眼が今まで見たことがないぐらい狂気に満ちている。
そこまで考えるとオレは全力で男のほうへ走った。
「お、おい!」
崎守が声を掛けるが、気にしない。気にする余裕がない。
その瞬間、男は懐から包丁を取り出し走る。
崎守はそれをみて言葉を失っているようだ。
オレはあからさまな凶器を見て一瞬足が竦みそうになるが振り払い走った。
男と彼女の間に入る。
「逃げろ!」
彼女に背を向けたまま声を掛けた。
男との距離はもう近い。説明などしている暇はなかった。
遂に男が手の触れられる位置までくる。
一瞬だった。
応戦してやろうと、あわよくば撃退してやろうと考えていたオレの心は脆く崩れ去った。
オレの元に聳え立ったのは厳しい現実。
素人の人間が刃物を持った人間と渡り合えるわけがない。
「天宮 四季」 は普通の人間で、特別な存在じゃない。
そういった悲しくて残酷な現実だった。
気付けば腹部に強烈な痛み、気力を振り絞って見てみると男が持っていた包丁が刺さっていた。
男が逃げていく。
その姿を見てオレは安心した。
彼女は守れたと。
親友と彼女が何か声を上げているようだったが、もう眠くて聞き取ることが出来なかった。
好きだった女の子を守り、死ぬ。
今日のオレは普通じゃないなと思う。
だけど、意識が薄れ行く間際彼女の顔を見てこんなことを思った。
「好きだった女の子守れるのなら特別も悪くないな」と。
そして、オレ「天宮 四季」は息を引き取った。