何ノ為ニ剣ヲ振ルウ?
――いったい、僕は何をしていたのだろう?気が付けば宿の前に倒れていた。
男たちに囲まれた辺りから記憶がさっぱりとない。
(――ダメだ。
何も思い出せない。
)体には何も異常は感じられない。
大丈夫、今日の薺との闘いには支障はない。
ただちょっと気分がすぐれないが。
僕は街の北方にある時計塔を見た。
現在、午前十一時。薺との試合まであと一時間ほどある。
「シャワー、浴びるかな……」
宿の中に入り自分の部屋に戻る。
乱雑に着ているものを脱ぎ、個室の浴場へと向かう。
シャーーーー……シャワーを浴び終え、体を拭き、乾かして服を着ようとすると不意に鏡が目に入った。
鏡に映るは自分。でも、今の僕は僕でない気がする。
「僕はいったい……なんなのだろ…う!?」
急に頭が痛くなった。
体の中で何かが逆流するような、そんな感じが襲ってきた。
覚えのない記憶が、フラッシュバックする。
「何だ…、アレは……!?」
その光景は残酷だった。
男たちがどんどん息絶えていく。
細切れにされる者もいる。
男たちはみな、恐怖と絶望に満ちた顔をしている。
そしてその惨劇の中心にいるモノは――
「アレは……僕!?」
その姿は、まさしく僕のものだった。
だが、違う。
髪は地に着くほど長く。
背中ではばたくのは黒い天使の持つような翼。
四肢は白い異形の手足に。
その形は人を保っていた。
今の僕と同じ顔をしたその"人でなき人"は、笑っていた。
「ハァ……ハァ……」
頭痛がおさまってきた。
幻覚も見えなくなった。
大丈夫だ。体はちゃんと動く。ただ、頭の中がしばらく真っ白になっていた。
「あ……そうだ…、行かなきゃ……闘技場に……」
僕は走りだしていた。
心ココニ在ラズ、今の僕はそんな感じだった。
闘技場に着くまでに何度も転んだ。
体中がすり傷ばかりになっていく。
何故こんなにも転んでいるのかわからない。
ワカラナイ。闘技場に着き、ロビーに入ると薺がいた。
「遅い!」
彼女は腰に手をあて、僕を待っていた。怒った顔をして、僕に詰め寄ってきた
「君…、私と闘うつもりあるの!?」
彼女がこんなにも怒るのは当然だ。だけど、今は僕は……
「すみません……。でも、僕はあなたと闘いたくない……」
もしさっき見たあの異形の姿をした僕が出てきたら――僕は、彼女を殺してしまうかもしれない。
「あなたは、いい人みたいだから……傷つけたくない……」
自分が、恐い。
そう思ったのは初めてだった。
あの化け物、それが僕の中にいると思うと、取り乱してしまうほど恐かった。
今度あの化け物が出てきたら、もう元の自分には戻れない気がした。
「……もう、怒ったわよ。」
薺が小さくそう言ったのが聞こえた。
「傷つけたくないですって?冗談言わないで!私は君にそう思われるほど弱くなんてない!私をなめているの!?」
薺の怒声は、僕を我に返らせるのに十分だった。
「リア、早く行くわよ。そんな余裕も見せられないようにしてあげるから!」
薺は、スタスタと武舞台の方へ早足でむかっていった。
「やれやれ。薺も困ったものだな。」
隣にいた萩さんが、溜息混じりに言った。
「しかし、君も悪い。あのような事を言われ、怒らない者もそうはいないぞ。」
彼はほほえむ様に僕に向かってそう言った。
そして薺の後を追うように歩いて行った。
――ワァァァァァァ!! 暗い通路を抜けると、太陽の明るい光、地を揺るがすような歓声が僕を包んだ。
武舞台を見ると、薺と萩さんの二人が立っていた。
「いくわよ…、萩。」
「ああ。」
萩さんの姿が揺らいだ。次の瞬間には薺の手に、一本の槍が収められていた。
「名槍・萩月。これが萩の正体よ。」
月の様に輝く色の穂先はなだらかな流線型を描いており、その形は鋭く長く、そして美しい。
武舞台に上がった僕を、薺は真っすぐに見据えた。
「さあ、闘いましょう。リア!」
彼女は槍を前に突き出し、突進してきた。
僕は身を半回転させ、それをかわした。
「本気でやらなきゃ、死ぬわよ?」
さらに追撃を重ねてくる。
剣では槍と相性が悪い。
何せリーチの差がありすぎる。
攻撃を受け流す、という手もあるが、僕の剣の技術ではそれは難しい。
「くっ……!」
それに彼女の闘いの技術もたいしたものだった。
ただの連続の突きも一撃一撃が重く、正確にこちらの急所や腕、足を狙ってきている。
金属と金属が打ち鳴らす音が、何度も何度も鳴り響く。激しい攻防の中、薺が口を開いた。
「流石ね…。だけど、これで終わりよっ!」
薺は力を込めた一撃で僕の顔面を狙ってきた。
それをなんとか紙一重でかわせたが……
「甘いっ!」
彼女の持つ槍、"萩月"が生き物の様に曲がりくねり、僕の横腹を貫いた。
「ぐっ……!?」
激痛が走った。貫かれた部分が熱くなる。
「言ったはずよ。萩は式神だって。」
彼女は距離をとって、槍を構え直した。僕も痛みに耐えて剣を構え直した。
「その傷でまだやるの?……少なくとも今は闘う気があるようね。」
確かに血はとめどなく出、体はフラフラする。
剣を持つ手は震えている始末だ。
そんな時、ふと思う。
(僕は、何の為に闘っているんだろう……?)目が少し霞んできた。
血を流しすぎたのだろう、体がだるい。
(何で……?)霞んだ目に、薺がまさに今、僕に槍を突き刺そうとする姿が映った。だが、彼女はそれを止めた。
「君は何の為に闘っているの?」
僕が考えていた事と同じ事を彼女は聞いた。
「僕の……闘う理由……」
すぐに思い浮かばなかった。
ジークを追い掛ける為に闘ってきたはずだ。
たが、今はそんな気がしない。今、僕が闘っている意味。それは何なんだろうか?
「昔、シオンに同じ事を聞いた事があるわ。答えは単純だった。『闘いたいから闘っている』だって。驚きと呆れでしばらく何も言えなかったわ」
シオンらしいな、と思った。
ジークなら、もっと気高く、カッコイイ事を言っていただろうに。ジークといた頃の僕なら、
「ジークがいるから」
と言っていただろう。
「ああ……、そうか……」
何故、僕がジークを探そうとしているのかわかった気がする。
僕が闘う理由――いや、生きる意味が欲しかったからだ。
今まではジークがいたから生きてきた。
生きられた。
だけどジークがいない今、僕は本当の意味で自分の道を歩まなくてはならなくなった。
恐かったんだ、一人で生きる事が。
怖れていたんだ、ジークと決別する事が。
彼のぬくもりを、ずっと感じていたいと思ってしまったんだ――
「ハハ……ハハハハハッ!」
でも、それは僕のワガママ。僕は、ジークと決別しなくちゃならない。
「何の為に闘っているかって……。いいよ、教えてあげるよ。」
ジークの事は諦めようと思う。
たぶん、諦められるはずがないだろうけど。
だから、別の道で彼を追い掛けようと思う。
「僕は……!」
ただ僕は、ジークに憧れていただけかもしれない。
「ジークのような、"英雄王"になる為だっ!!」
突き付けられていた槍を、手にした剣ではじく。
薺は驚き、とっさに後ろに下がった。
「何かをふっきれたみたいね……。よかったわ、本気の君と闘えそうでね。」
薺の口元に笑みが浮かぶ。
彼女の言った事は半分正解だ。
僕の中にはあの"化け物"がいる。
まだその不安だけは残っている。
でも、今の僕なら大丈夫。
そんな気がする。
(体はっ……まだ動く!!)不思議と横腹の痛みがしない。
だるさだけは残っていたが、頭の中はずいぶんクリアになっている。いける。闘える!
「ハァァァァァッ!!」
体中の力を振り絞って、剣を振りかざす。
剣撃を何度も、休み無しで打ち込んでいく。
薺の戦闘技術ならこのくらいどうでもないだろうが、今は少しの隙が欲しかった。
「しまっ……!?」
薺の体のバランスが崩れるのが目に見えた。ここしかチャンスはない。
「ここだっ!」
懐に入り込み、地にすった剣を逆袈裟に切り上げた。
ジークが得意としていた剣技の内の一つだった。
「つぅっ!!」
その剣撃は、彼女の肩を切り裂いた。
致命傷までとはいかないが、かなりの傷をつけた。
お互いに、間合いをとる。しばらくの間、動かない。
「久しぶりに…、本気を出せそうだわ。」
薺の言葉が、長い睨み合いをかき消した。
こちらもあちらも、共にかなりの傷を負っている。
次の一撃で――勝負が決まる。
「アァァァァッッ!!」
「セヤァァァァッ!!」
そして僕の意識はそこで途絶えた……
自己紹介文を変えようと思います。これを投稿してから一日ぐらい後に。見て下さい。俺の憧れのアノ人(誰?)について語ろうと思っていますので。ヒントは月ですね、ハイ。あと、きのこ(ア