壁は高いぜ・・・その3
「ジョン、お願いだから今すぐ離れなさい。」
噛まれてから約5分。麗しのジョセフィーヌは未だにオレの右足にしがみ(がぶり)ついていた。香澄ちゃんは何とかオレからジョンを離そうと四苦八苦している。
もう、オレとしては諦めの境地なんだが。・・・
時は無情に過ぎていく。先人は言った。『時は金なり』と。
この、貴重な香澄ちゃんとのデートの時間をこんなことで消費したくない。
もういっそ、このままジョンを引きずりながらデートをするのかと覚悟を決め、そのことを香澄ちゃんに話そうとした。その時、香澄ちゃんがジョンを睨んだ。(睨んだ顔も可愛いーと思うオレはやはり重症だろうか?)
「もういいわ。ジョンなんて知らない。一人で勝手にしなさい!」
厳しい口調で言われ、ジョンは渋々オレから離れた。離れる途中、名残惜しそうな表情をしていた気がするんだが・・・・気のせいか?
「捺矢君、大丈夫ですか?」
香澄ちゃんが泣きそうな顔でオレの顔を覗き込む。
やべー、可愛過ぎる。食っちまいたい・・・・って、それはまずいだろ!
「怒って、いるんですか?」
脳内で自分にツッコミを入れていたため、黙っていたのだが、それを彼女は『怒っている』と勘違いしたらしい。
不安げな顔をする彼女の顔を見て、オレは慌てて首を振る。
「全然!ちょっと自分の脳ミソが末期症状になってるなぁーって思ってただけだから。だから気にしないで。」
しかし、彼女の中ではまだ納得がいかないらしく、肩を落としたままだ。
なんとか、彼女に笑って欲しい。それに、こんな貴重な時間をこんなことで消費したくない。
「ほんと、気にしなくていいよ。ほら、オレは慣れてるから。こんなことで怒ったり、ましてや気にしたりしないよ。それにさ、何とも言ってるけど香澄ちゃんが悪いわけじゃないんだ。だからそんなに気にしなくてもいいよ。さ、時間もだいぶ食っちゃったし、デートに行こう。」
しかし、香澄ちゃんは顔をさげたまま、何の反応もしない。
(全く、彼女は・・・・)
オレは心の中で苦笑すると、なるべく乱暴にならないよう気をつけて彼女を抱きしめ、その長い黒髪を優しく梳いた。
抱きしめた彼女の体がビクンと跳ねる。だが、彼女はそのまま腕をオレの体に回しただけで、何も言わない。顔はオレの胸に押し付けているためどんな表情をしているのか分からない。だが、さすがに付き合ってから一ヶ月もたっている。彼女が何を考えているかぐらいわかる。
というか、いつもそうなのだ。オレがジョンに噛まれると泣きそうな顔をして、オレを見る。
そんな顔はして欲しくないけれど、そんな彼女が可愛いと思う。
泣き顔も笑顔も何もかもが愛おしい。願わくは、その顔をするのはオレだけ限定にして欲しい。まぁ、無理かもしれないけどさ。
このまま過ごしてもいいが、やっぱりせっかくのデートだ。二人でどこかに行きたい。
「さ、もう行こう。」
ピクリと腕の中で彼女の体が跳ねた。やがて、恐る恐るといった様子で顔を上げ、オレを見つめる。
「でも・・・・」
まだ、何か言い募ろうとする香澄ちゃんの唇にそっと人差し指を置く。
穏やかでほんの少し甘い空気。いつまでも、こうしていられたら、きっと幸せだろう。
だが、幸せすぎて忘れていた。すぐそばに邪魔モノがいたことを・・・・
「わん!わん!わぉーん!」
空気の読めない鳴き声がオレ達の甘い空気をかき乱した。
ああ、くそ!頼むからさ、空気読んでくれよ!!
というか、約束の時刻を30分も過ぎてるけど、オレ達全然進めてねぇ!
おかしい。朝の占いでは1位だったはずなのに・・・・それなのにこんなことが起こるなんて・・・・クソ!今日は厄日だーーーーーーー
糖分が、回を追うごとに上がっている気がします。