9ー6 思うのは、あなた一人
「あれ、捨てたんじゃなかったの」
光が差し込まない、薄暗がりの洋室。古ぼけた椅子で髪飾りをいじる吸血鬼に、唐紅は声をかけた。
急激な環境の変化にも関わらず、唐紅の知る範囲では、軟禁された新米吸血鬼は大人しく日々を過ごしていた。
普通は取り乱したり、半狂乱になっているのを仲間が押さえ込んだりするのだが、鮮美深紅に限ってはそのようなことにはならなかった。
それは髪飾りの送り主が、まだ生きていることにも関係しているのかもしれない。
鮮美は、吸血鬼として生きている。それなのに、覚醒のために殺した人間、小原団も生きている。
この妙な事態に吸血鬼たちも対応を考えあぐねていたが、結局はなにもしないということで落ち着いた。
必要があったとはいえ、唐紅と鮮美は目立ったという面もある。
できればひっそり、生きていくのが一番いい。
そんな事情を知ることなく、白い色の花は、ささやかだがあたりに光をもたらしている。
「赤い方はね。こっちはまだあった」
彼岸花の髪飾りは、送られた人物の手の中でくるくるとまわっている。
今着けたとして、彼女が着ている白と黒のクラシカルなお嬢様スタイルに、色合いとしてはおかしくない。
ただ、なにかが足りない。
「白より赤のほうが似合うと思うけど」
「こっちがいいの」
率直な意見は、一人の好き嫌いに負けた。
髪飾りを見つめる鮮美は、唐紅に見せたことのない穏やかな顔をしていた。
ただもらって嬉しいだけではないようなもの。
あの2分の間に、彼女はなにをしたのだろう。
なんらかの延命措置か。はたまた、ただの祈りか。
「…………また会う日を、楽しみに?」
彼岸花の花言葉を、疑問符付けで聞いた。【また会う日を楽しみに】。赤い色と白い色の、彼岸花の花言葉の一つ。
偵察に行った病院で、飾られていた彼岸花の髪飾り。
彼女は再会を祈って、花に思いを託したのだろうか。
小原団は即死を免れた。放っておいても死ぬはずだったのに、なぜだか相手が生きている以上、望みをもってしまうのは自然なことだ。
現在生存している吸血鬼は、例外なく大事に思う人物をその手で殺している。
その摂理から外れた彼女は、きっとこのうえなく幸せなのだ。
そして、誰もが一度は血を吐く思いで捨てた未来も、理屈の上では選ぶことができる。
「会うつもりなんてないよ」
はっきりとした声だけを返されて、嘘はないと知る。
赤い彼岸花には、他の言葉もある。別れを彷彿とさせるものだとか。なら、ただ単純に、贈り物を見ることで幸せな記憶に浸っているのか。
そしてふと、唐紅は白い彼岸花が持つ、もう一つの花言葉を思い返す。
咀嚼しようとして失敗する。本心からの自分の感情を、抑え目に発信することにした。
赤い花が関係を切る挨拶がわりだとしたら、白い花は、伝えなかった気持ち。
「…………不毛だと思うけど?」
「思うだけは自由でしょ?」
間髪いれず、優雅に返したのは、折り合いをつけたからだろう。
あるいは、若さ。
幸せそうにしているところを、あえて揺さぶる必要もない。
「……またくる」
「はーい」
扉をゆっくりと締めて、唐紅は鮮美を視界から消した。
長命で緩やかに年を取る吸血鬼は、人間社会で生きていくことはできない。
生きていても、別れは必ずやってくる。
自分から手を引いて、それでも相手を思っている。
彼女は他の同胞が捨てた気持ちを大事に持っている。
自分のことはもう忘れろ。そして平穏に生きていけ。
相手の幸せを願い、一人で生きることが、いつまでもつのだろうか。
大事な人が遠いところででも生きていて、自分のいない幸せをつかむことを望むなんて。
心中のほうが、情熱的で、永遠の愛を形にできたのかもしれない。