9ー5 この登場人物の心情を、5文字以内で言い換えなさい
「……………遺留品は、ダッフルコートと、その髪飾りだけだよ。小原のモッズコートも、凶器も、何も見つかってない。……合わせやすいって気に入ってたのにね!コート」
雰囲気を変えるように、最後は茶化していた。
黙って見ていたら、最後の微笑みも消えた。
「…………他に、知りたいことは?」
「鮮美の、動向」
名前を告げるだけで、体がねじきれるようだった。
あくまで淡々と、要点だけを言う。
「警察は、行方をまだつかんでないみたいだよ。小原のおじさん、おばさんと話して聞いたから、確かだと思う」
迷いながら、言葉を選びながらも、幸佑は知る限りの事実を教えてくれた。
安堵と、なにか。
「……幸佑のおじさんに、追いかけてもらうことは?」
「非公式に頼まれたみたいだけど、断ったって」
苛烈な目をしたのだろうか。視線をそらされた。そのまま荷物の整理に入っていく。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、一人前の吸血鬼の気配と、人間って違ってくるんだって。追いかけるのは難しいみたい」
追いかけて、何をするのだろう。
生きては、いると思う。
けれどまた、殺しあいでもするのか。
鮮美とのやりとりは、あれで、終わったというのに。
ベッドに備え付けられているテーブルに、すっと差し出されたのは折り畳み式の鏡だ。
口角はあがってはいるが、笑っていない口許。開いているのに何もみておらず、奥にがらんどうの底無し沼を持っている瞳。目元には隈。
生きているのに死んでいる人間の顔が写り混んでいる。
笑っているかと思えば。そうではない自分がここにいるらしい。
「寝た方が、いいよ」
「気分じゃ、ない」
眠れやしないのだ。夜になるたびに思い出す、あの日の殺しあい。はたまたじゃれあい。あのときから、心が揺れ動くことはない。
「なあ、幸佑」
「ん?」
「彼岸花って、どんな意味があったっけ」
「墓荒らしよけかな。彼岸花には毒がある。土葬の時代に遺体が食べられないように植えたらしいよ」
「……ほかは?」
「仏教では、なにかいいことの前触れで赤い花が落ちてくるんだって。それが曼珠沙華、彼岸花だっていわれてる」
死ぬと考えて、墓荒らしよけの花を模した髪飾りを落としていったのだろうか。死が痛みからの解放だと考えれば、いいことの前触れだという筋は通っている。
「あとは、花言葉があるんじゃないかな」
「…………花言葉?」
馴染みのないものに、思わずおうむ返しをする。
「うん」
大体の花には、なんらかの花言葉があるらしい。
幸佑は携帯を取り出して、早速調べ始める。
「………ほら、あったよ」
控えめに差し出された画面。検索結果を目の当たりにして、細く長い息を吐く。
【悲しい思い出】【諦め】
死の匂いを思わせる花に似合う言葉を、彼岸花は持っていた。
これは決別の印なのだ。かんざしに託した置き土産。
「まだ、あるみたい」
画面を下へスクロールさせると、反対の意味の花言葉が見えた。
「なあ、殺したいって、どういうことだと思う?」
「シチュエーションや誰に言われるかによって意味合いが変わるよ」
「半人前の吸血鬼に真剣突きつけられながら言われたのと、あとそれ」
茶封筒と、シンプルな便箋。一回り小さい、親展と書かれた封筒とやはりシンプルな便箋。広げっぱなしの手紙を指すと、幸佑はためらうようにひっくり返した。
目を忙しく動かして、家族宛のほうを読んでいる。もうひとつのほうを軽く流して、それを丁寧に裏返した。
「……これは、鮮美さんが小原に書いたものだから、僕は読めない。ちょっと読んじゃったけど」
どこか明言を避ける姿に、逃げられないような布石をうった。
「……この設問で、殺したいは、なんの意味をもつ?」
「現代文的だね。……小原が考えているやつであってると思うよ」
室内は暗くなっている。
「邪魔だったから。鮮美さんを一人前にさせるのに、必要だったから。唐紅さんはそんな動機で、小原を殺したがった。僕や青柳さんもおんなじ。……でも、鮮美さんはそうじゃないよね」
シンプルに考えて、なんの疑いもなくできたなら、鮮美はあんなに悩まなかったはずだ。
「小原の場合は、どっちでもないよね。客観的にみて、小原は邪魔な存在だったかもしれないけど、鮮美さんは、小原のことをそういう風に思ってたって本気で信じてる?」
あんなに揺れていた姿を知らない。言葉と表情と、行動が一致していない。
「っていうか、その手紙を、どっちも読んだよね」
うなずいたのか、うなずいてないのか。
なにを、認めたくないのか。
「吸血鬼は、一人前になるために、生きるために人を殺さないといけない。その相手は、自分が特別な感情を持っている人物」
解答をまるっと伝えるのは野暮だというように、幸佑は婉曲的な表現を用いた。
花言葉が、手紙の最後が、脳内から、消えてくれない。
「……ちょっと下のコンビニで、お茶買ってくるね」
静かに告げて、幸佑は出ていった。
意識を自分にむけてみると、目から体液が流れ出していた。
鮮美は死ぬつもりでいたのだ。それを揺らがせて、意思を踏みにじって、蓋をしていた気持ちに気づかせて、彼女の本意ではない行動をさせてしまった。
だから鮮美は、泣いていた。
去っていくときに、背を向けて、足早に、確かにあのとき泣いていた。
諦めたくて、でも諦めきれなくて。
日常を今まで通り生きたかったのは、鮮美も一緒だった。
けれど、それを壊してしまった。ほかならぬ自分の手で。
日常を生きたいと言いながら、誰が仲のいい友人を殺しかける。被害者と同時に加害者だ。
そして、二人とも生きのびても、鮮美が手を下した以上は、鮮美は自己を許さない。
結果的に、「死んで終わり」にはならなかった。
そのかわり、事実を背負って生きていく。
鮮美にとって、あの日は悲しい思い出だ。
そして、人間として生きることを諦めた日だ。
それが鮮美の決意。夢を自ら諦めて、必死の思いで捨て置いた。
決意を、自分の感情で。もう揺るがしてはいけない。
いつか思い出にできるだろうか。
好きだけど、一緒になれない、なんて。
嫌いじゃないけど、サヨナラなんて。
また会う日は、多分ないから。
だから、他にもあった花言葉には、みなかったふりをする。