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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第8章 理性と本能
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9ー5 この登場人物の心情を、5文字以内で言い換えなさい

「……………遺留品は、ダッフルコートと、その髪飾りだけだよ。小原のモッズコートも、凶器も、何も見つかってない。……合わせやすいって気に入ってたのにね!コート」

雰囲気を変えるように、最後は茶化していた。

黙って見ていたら、最後の微笑みも消えた。

「…………他に、知りたいことは?」

「鮮美の、動向」

名前を告げるだけで、体がねじきれるようだった。

あくまで淡々と、要点だけを言う。

「警察は、行方をまだつかんでないみたいだよ。小原のおじさん、おばさんと話して聞いたから、確かだと思う」

迷いながら、言葉を選びながらも、幸佑は知る限りの事実を教えてくれた。

安堵と、なにか。

「……幸佑のおじさんに、追いかけてもらうことは?」

「非公式に頼まれたみたいだけど、断ったって」

苛烈な目をしたのだろうか。視線をそらされた。そのまま荷物の整理に入っていく。

「言い訳に聞こえるかもしれないけど、一人前の吸血鬼の気配と、人間って違ってくるんだって。追いかけるのは難しいみたい」

追いかけて、何をするのだろう。

生きては、いると思う。

けれどまた、殺しあいでもするのか。

鮮美とのやりとりは、あれで、終わったというのに。

ベッドに備え付けられているテーブルに、すっと差し出されたのは折り畳み式の鏡だ。

口角はあがってはいるが、笑っていない口許。開いているのに何もみておらず、奥にがらんどうの底無し沼を持っている瞳。目元には隈。

生きているのに死んでいる人間の顔が写り混んでいる。

笑っているかと思えば。そうではない自分がここにいるらしい。

「寝た方が、いいよ」

「気分じゃ、ない」

眠れやしないのだ。夜になるたびに思い出す、あの日の殺しあい。はたまたじゃれあい。あのときから、心が揺れ動くことはない。

「なあ、幸佑」

「ん?」

「彼岸花って、どんな意味があったっけ」

「墓荒らしよけかな。彼岸花には毒がある。土葬の時代に遺体が食べられないように植えたらしいよ」

「……ほかは?」

「仏教では、なにかいいことの前触れで赤い花が落ちてくるんだって。それが曼珠沙華、彼岸花だっていわれてる」

死ぬと考えて、墓荒らしよけの花を模した髪飾りを落としていったのだろうか。死が痛みからの解放だと考えれば、いいことの前触れだという筋は通っている。

「あとは、花言葉があるんじゃないかな」

「…………花言葉?」

馴染みのないものに、思わずおうむ返しをする。

「うん」

大体の花には、なんらかの花言葉があるらしい。

幸佑は携帯を取り出して、早速調べ始める。

「………ほら、あったよ」

控えめに差し出された画面。検索結果を目の当たりにして、細く長い息を吐く。

【悲しい思い出】【諦め】

死の匂いを思わせる花に似合う言葉を、彼岸花は持っていた。

これは決別の印なのだ。かんざしに託した置き土産。

「まだ、あるみたい」

画面を下へスクロールさせると、反対の意味の花言葉が見えた。

「なあ、殺したいって、どういうことだと思う?」

「シチュエーションや誰に言われるかによって意味合いが変わるよ」

「半人前の吸血鬼に真剣突きつけられながら言われたのと、あとそれ」

茶封筒と、シンプルな便箋。一回り小さい、親展と書かれた封筒とやはりシンプルな便箋。広げっぱなしの手紙を指すと、幸佑はためらうようにひっくり返した。

目を忙しく動かして、家族宛のほうを読んでいる。もうひとつのほうを軽く流して、それを丁寧に裏返した。

「……これは、鮮美さんが小原に書いたものだから、僕は読めない。ちょっと読んじゃったけど」

どこか明言を避ける姿に、逃げられないような布石をうった。

「……この設問で、殺したいは、なんの意味をもつ?」

「現代文的だね。……小原が考えているやつであってると思うよ」

室内は暗くなっている。

「邪魔だったから。鮮美さんを一人前にさせるのに、必要だったから。唐紅さんはそんな動機で、小原を殺したがった。僕や青柳さんもおんなじ。……でも、鮮美さんはそうじゃないよね」

シンプルに考えて、なんの疑いもなくできたなら、鮮美はあんなに悩まなかったはずだ。

「小原の場合は、どっちでもないよね。客観的にみて、小原は邪魔な存在だったかもしれないけど、鮮美さんは、小原のことをそういう風に思ってたって本気で信じてる?」

あんなに揺れていた姿を知らない。言葉と表情と、行動が一致していない。

「っていうか、その手紙を、どっちも読んだよね」

うなずいたのか、うなずいてないのか。

なにを、認めたくないのか。

「吸血鬼は、一人前になるために、生きるために人を殺さないといけない。その相手は、自分が特別な感情を持っている人物」

解答をまるっと伝えるのは野暮だというように、幸佑は婉曲的な表現を用いた。

花言葉が、手紙の最後が、脳内から、消えてくれない。

「……ちょっと下のコンビニで、お茶買ってくるね」

静かに告げて、幸佑は出ていった。

意識を自分にむけてみると、目から体液が流れ出していた。

鮮美は死ぬつもりでいたのだ。それを揺らがせて、意思を踏みにじって、蓋をしていた気持ちに気づかせて、彼女の本意ではない行動をさせてしまった。

だから鮮美は、泣いていた。

去っていくときに、背を向けて、足早に、確かにあのとき泣いていた。

諦めたくて、でも諦めきれなくて。

日常を今まで通り生きたかったのは、鮮美も一緒だった。

けれど、それを壊してしまった。ほかならぬ自分の手で。

日常を生きたいと言いながら、誰が仲のいい友人を殺しかける。被害者と同時に加害者だ。

そして、二人とも生きのびても、鮮美が手を下した以上は、鮮美は自己を許さない。

結果的に、「死んで終わり」にはならなかった。

そのかわり、事実を背負って生きていく。

鮮美にとって、あの日は悲しい思い出だ。

そして、人間として生きることを諦めた日だ。

それが鮮美の決意。夢を自ら諦めて、必死の思いで捨て置いた。

決意を、自分の感情で。もう揺るがしてはいけない。



いつか思い出にできるだろうか。

好きだけど、一緒になれない、なんて。

嫌いじゃないけど、サヨナラなんて。


また会う日は、多分ないから。

だから、他にもあった花言葉には、みなかったふりをする。


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