9ー4 傷痕
「やっほ。一日ぶり」
柄にもない軽口を叩きながら、団が信頼を置く友人は病室へと入ってきた。室内では見舞い菓子が所狭しと並ぶ棚と、スピーカーつきのウォークマンや備え付けのテレビ、それに小さなクリスマスツリーがわずかな存在感を主張してくれる。姫島幸佑が黙り混んでしまえば静かになるこの部屋で、あえて音を発生させようとはどちらもしなかった。
小原団はいつかの幸佑のように、藤和高校近くの藤和病院へ運び込まれ、しかるべき医療を受けたのち、数の少ない個室に放り込まれた。病院で死亡確認するだけにならなかったのが不思議、むしろ生きているのが信じられない、なにかの魔法か、と医師達からは驚かれたほど、相当な傷を負っていたらしい。
ひとまず命をとりとめ、こうして寝っ転がりながら入院生活を送る程度には回復した。ただ、本調子ではない身体の具合と、経験した物事から、団の病室には面会謝絶というプレートがぶら下がっている。
家族と、選りすぐりの刑事という必要な面会人のほかには、幸佑が例外的に訪問を認められていた。
日をおかず、いつものようにノートとプリント、そして課題を学校から届けてくれる。ここまでなら、学校のお使いと情報提供を行ってくれる、仲のいい友人という役割で、さして不思議ではないと思う。
「着替え置いとくね。洗濯物も持ってかえるから」
そろそろ友人というより、家族という看板にかけかえたほうがいいのではないだろうか。
最初のほうこそ、息子の無事を喜んだ両親だったが、すぐに仕事へと舞い戻ってしまった。それぞれの仕事で追いかけていた連続殺人、終着点が息子というのは大変だとは思う。その関連での立ち回りとか、はたまた今もなお続いているらしい、連続殺人の捜査や報道で忙しいんだろう。
もう、金以外の世話は、実質幸佑に任せているんじゃないかというレベルだ。必然的に、事件のことを耳に入れないことや、明るい話題を話すという気遣いは、幸佑はなれっこになったらしい。
もちろん、周囲からは薄情という声もちらほら聞こえたが、今の団には、それがいい。
「外はすっかりクリスマス一色だよ。もう12月だもんね」
笑顔を絶やさない友人は、きっと将来、いいパートナーを見つけて、幸せな人生を送るのだろう。心配りのスペシャリスト。
「あーあ、来年はもう受験生かー。冬休み課題も結構出そうだし」
団の視線の先には、白紙のままのワークや課題プリントが積まれている。
2学期中の退院は難しいだろうということで、優しい先生がたは先生がたなりに知恵を絞ったらしい。その結果、授業出席ができなくとも、単位を認められ、進級する条件として山のような課題が運ばれてくるのだ。
「そうそう、テストだけは受けてっていってたよ。別室受験だか、ここでやるかはわかんないけど」
目先の、現実の話が耳を通り抜ける。英単語や、公式、起きたことの羅列、あらゆる解法は世界の彼方に置き忘れてきたような気がする。
「腕の回復が遅くなるようなら、ワークは手書きじゃなくても、ワードで答えを打ち込んだものを出してもいいってさ。花先生はそう言ってたけど、他の先生にも聞いてみるね」
団は塞がりつつある傷を思った。特に腕は重傷で、今現在、利き手はまったく使えない。課題を目にしても、筆がすすまないのはそのためだ。
医師によると、リハビリをすればなんとかなる、らしい。日常生活に支障がでないくらいには。
「那須先生も、いつでも戻ってこい、だって」
部活を辞めますと言っても、聞いてくれなかった、ある意味横暴な顧問。今は副将が踏ん張っているらしいが、それさえも、どうでもよかった。
「まあ、部活も大事だけど、退院する方が先だしね~」
退院して、どこに戻るのだろう。学校?部活?
決定的に欠けてしまったものがあるのに、日常生活に戻れるのだろうか。
断り続けてはいるけれど、ひっきりなしに見舞い客はやってくる。
会いたい人は、そこにいない。
「………幸佑」
「……なに?」
かすれた声で呼び掛けると、ささやくような返事があった。
首だけを動かして、今までみなかった表情をみると、無理して笑っているような幸佑がいた。
「……おまえ、顔色悪いぞ」
「…鏡みてから言ってくれる?」
洗面スペースを指差したあと、幸佑は誤魔化しきれないと思ったか、しっかりと視線を受け止めた。
「…………それで、どうした?」
重たい左腕をあげ、ガラスコップに突っ込んだ髪飾りを指差す。
幸佑は、指差した視線を追って、息を吐いた。