表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第8章 理性と本能
78/81

9ー4 傷痕

「やっほ。一日ぶり」

柄にもない軽口を叩きながら、団が信頼を置く友人は病室へと入ってきた。室内では見舞い菓子が所狭しと並ぶ棚と、スピーカーつきのウォークマンや備え付けのテレビ、それに小さなクリスマスツリーがわずかな存在感を主張してくれる。姫島幸佑が黙り混んでしまえば静かになるこの部屋で、あえて音を発生させようとはどちらもしなかった。

小原団はいつかの幸佑のように、藤和高校近くの藤和病院へ運び込まれ、しかるべき医療を受けたのち、数の少ない個室に放り込まれた。病院で死亡確認するだけにならなかったのが不思議、むしろ生きているのが信じられない、なにかの魔法か、と医師達からは驚かれたほど、相当な傷を負っていたらしい。

ひとまず命をとりとめ、こうして寝っ転がりながら入院生活を送る程度には回復した。ただ、本調子ではない身体の具合と、経験した物事から、団の病室には面会謝絶というプレートがぶら下がっている。

家族と、選りすぐりの刑事という必要な面会人のほかには、幸佑が例外的に訪問を認められていた。

日をおかず、いつものようにノートとプリント、そして課題を学校から届けてくれる。ここまでなら、学校のお使いと情報提供を行ってくれる、仲のいい友人という役割で、さして不思議ではないと思う。

「着替え置いとくね。洗濯物も持ってかえるから」

そろそろ友人というより、家族という看板にかけかえたほうがいいのではないだろうか。

最初のほうこそ、息子の無事を喜んだ両親だったが、すぐに仕事へと舞い戻ってしまった。それぞれの仕事で追いかけていた連続殺人、終着点が息子というのは大変だとは思う。その関連での立ち回りとか、はたまた今もなお続いているらしい、連続殺人の捜査や報道で忙しいんだろう。

もう、金以外の世話は、実質幸佑に任せているんじゃないかというレベルだ。必然的に、事件のことを耳に入れないことや、明るい話題を話すという気遣いは、幸佑はなれっこになったらしい。

もちろん、周囲からは薄情という声もちらほら聞こえたが、今の団には、それがいい。

「外はすっかりクリスマス一色だよ。もう12月だもんね」

笑顔を絶やさない友人は、きっと将来、いいパートナーを見つけて、幸せな人生を送るのだろう。心配りのスペシャリスト。

「あーあ、来年はもう受験生かー。冬休み課題も結構出そうだし」

団の視線の先には、白紙のままのワークや課題プリントが積まれている。

2学期中の退院は難しいだろうということで、優しい先生がたは先生がたなりに知恵を絞ったらしい。その結果、授業出席ができなくとも、単位を認められ、進級する条件として山のような課題が運ばれてくるのだ。

「そうそう、テストだけは受けてっていってたよ。別室受験だか、ここでやるかはわかんないけど」

目先の、現実の話が耳を通り抜ける。英単語や、公式、起きたことの羅列、あらゆる解法は世界の彼方に置き忘れてきたような気がする。

「腕の回復が遅くなるようなら、ワークは手書きじゃなくても、ワードで答えを打ち込んだものを出してもいいってさ。花先生はそう言ってたけど、他の先生にも聞いてみるね」

団は塞がりつつある傷を思った。特に腕は重傷で、今現在、利き手はまったく使えない。課題を目にしても、筆がすすまないのはそのためだ。

医師によると、リハビリをすればなんとかなる、らしい。日常生活に支障がでないくらいには。

「那須先生も、いつでも戻ってこい、だって」

部活を辞めますと言っても、聞いてくれなかった、ある意味横暴な顧問。今は副将が踏ん張っているらしいが、それさえも、どうでもよかった。

「まあ、部活も大事だけど、退院する方が先だしね~」

退院して、どこに戻るのだろう。学校?部活?

決定的に欠けてしまったものがあるのに、日常生活に戻れるのだろうか。

断り続けてはいるけれど、ひっきりなしに見舞い客はやってくる。

会いたい人は、そこにいない。

「………幸佑」

「……なに?」

かすれた声で呼び掛けると、ささやくような返事があった。

首だけを動かして、今までみなかった表情をみると、無理して笑っているような幸佑がいた。

「……おまえ、顔色悪いぞ」

「…鏡みてから言ってくれる?」

洗面スペースを指差したあと、幸佑は誤魔化しきれないと思ったか、しっかりと視線を受け止めた。

「…………それで、どうした?」

重たい左腕をあげ、ガラスコップに突っ込んだ髪飾りを指差す。

幸佑は、指差した視線を追って、息を吐いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ