9ー1 非合理主義者
小原団は地面に倒れたまま、ぴくりとも動かない。鮮美深紅は刀をすっかりきれいにして納め、ついで敗北者に貸していた刀を拾いあげ、雑に血を振った。
倒れている人間から鞘を注意深く抜き取り、2本目の刀も鞘に納める。
自己の様子を、続いて相手の様子を見た。
相手は血まみれで、自分もそこそこ血をかぶっているが、こちらの傷はもう塞がっている。
辺りを見回すと、戦いの途中で脱ぎ捨てたダッフルコートが見つかった。ふわりと、倒れたままの人間にかけてやる。
少し離れた場所で大雑把に砂を払って、相手のモッズコートも拾いあげたときだった。
「おめでとう」
もう聞き慣れた声だった。鮮美は一瞥して返事の代わりをすることにした。
満面の笑みを称えた唐紅は、公園に立ち入ると、交互に姿をみやる。
その目が倒れている人間をとらえた。
「………とどめ、刺しとこうか?」
「いらない。ほっといても死ぬ」
興味なさげに返事をすると、それもそうかというように唐紅は殺意を引っ込めた。
赤い出で立ちを隠すため、男物の少し重たいモッズコートをばさりと羽織る。血に染まったポンチョやブラウス、裂けたスカートはうまく覆い隠すことができた。後ろからみたら、殺しあいをした女子高生だとは思わないだろう。
ただ、一旦納得したはずの少女はうげえといった表情を浮かべた。彼女のもつ、獲物を即死させる美学に反しているからかもしれない。
「何ヵ所刺したのよ、苦しんで死なせるの、えげつなー」
「なんでもいいでしょ。これで一人前になれたんだし」
頭痛も、息ぐるしさもない。
受けた傷はすべて回復する、治癒能力。これも一人前になったおかげだ。
「まあ、ね」
唐紅の注意が逸れる。
そのときに、赤い花の髪飾りを、静かに外した。
「あれ、はずしちゃうの?もったいない」
彼女は案外めざとい。
「似合ってたのに」
表面的なものではなく、心からの言葉のようだ。
「こんなのつけてたら目立つから」
「なるほどー。じゃあ、いこっか」
明らかな建前に唐紅は食い下がることもなく、晴れやかな笑顔を浮かべて団へと近づいていった。
「バイバイ、マドカくん」
言葉だけを送って、彼女は離れた。お下げを揺らして、刀を一本奪い取って、鮮美の当面必要な荷物を抱えたまま、前だけをみてすれ違う。
「2分だけあげる」
急速に離れていく気配を感じて、鮮美はゆっくりとした足取りで、団のほうへと向かった。
ざりっと音をたてて、見下ろす。見下ろされた側は、かろうじて目を動かした。
「………………」
声を出すのも辛いのかもしれない。そもそも、生きているのが不思議なほどだ。
「小原の、勝ちだよ」
鮮美深紅は勝負に勝った。しかし賭けには負けた。
小原団は即死することなく、かろうじてだが生きている。鮮美深紅は吸血鬼として覚醒し、やはり生きている。
「……………ぁ」
小さく呟いて、小原は手を伸ばそうとしている。
この期に及んでなお、吸血鬼を繋ぎ止めようとしているのかもしれない。
鮮美は羽織ったコートのポケットを探り、団の携帯電話を取り出す。
数字を3つ押して、現在地を告げ、電源を切った。
弱々しく伸びた手に携帯電話を握らせて、鮮美は赤い彼岸花の髪飾りを小原の胸に置いた。
「本当に、殺したかった。傷ついてるのをみて楽しくて、小原に傷つけられて嬉しかった」
鮮美はしゃがんで、小原の頬に触れた。
「誕生日プレゼントは返す。だから、新しいのちょうだい」
最後のわがままを、聞いてくれるだろうか。
「死ぬまで、生きてよ」
触れていた手を離す。返事は聞かなかった。そろそろ時間だ。
「……ぁ、あざ、み…………!」
絞り出すような声だった。
寿命を削りながら、手を伸ばしてきた。
立ち上がって、コートを翻して、その場から離れる。
振り返らない。
公園の入り口では、唐紅が待っていた。
「………行くわよ」
風が寒かった。コートは暖かかった。
どこか遠くの道路では、救急車のサイレンが鳴いていた。