8ー12 それをすることになんの意味が
「おまえ、私のために死んでくれるとか聞きながら、今度はなに勝手に死のうとしてんの?意味ねえよ!」
叩きつけるように叫ぶ。
引っぱたかれたような鮮美を気にしていられない。
「俺は鮮美に殺されても受け入れられる!やられた分は同じだけ傷つけて背負う。まかり間違って刺し殺したら、一生背負って生きていく!お前が生きようとしてくれないと、俺は、」
ざしゅっという音がした。
目にも止まらぬ速さで腹を切られたのだ。
たまらず崩れ落ちると、ごとっと落ちた刀が目に入ってきた。落としたのは鮮美だ。
「……」
首だけを動かすと、鮮美は鞘を引き抜いて、自分の右の手のひらを思いきり打ちすえていた。
何度も何度も。
アザになりそうなくらい。
「やめろ、よ、鮮………美………」
「やめられ、ないよ」
勢いをつけて振りかぶった鞘は、滑って手元から離れていった。
「私には、できない。もし小原を殺したら、それを一生背負って生きていくなんて、私にはできない‼」
「俺は、そう簡単には、死なないよ」
「そんな体たらくで言われても信用できない」
ぐうの音もでない。鮮美はといえば、万全でないコンディションなのにあそこまで動けているのだ。
「小原が私を許してくれても、私は私を許せない。小原が許してくれても、私が小原を傷つけた事実は消えない!小原が戦ってくれたから、少しは気が紛れたけど、それでも私は」
ーー小原を斬った。
白い息が印象的だった。消えてしまいそうな表情で、消えない事実を言い切った。
「なら、許さなくても、いいよ」
このままだと、鮮美は鮮美を一生許すことができない。
そんなことは、させたくない。
「でも、俺は、どんな鮮美でも、そばにいたいと思ってる」
足に痛み。
「おめでたいこといってんじゃねえよ」
赤い鮮美。彼女の本能はどんどん拒絶する。
「俺は鮮美が生きていてくれたら嬉しい」
突き刺さったものを引き抜かれ。自己を傷つける鮮美。
「私は人を傷つけるのに?」
「傷つけた分傷ついて、鮮美は、優しいから」
今度は左腕。血飛沫は鮮美の頬にかかる。
「知ったような口を聞くなよ」
「毎日のようにいたんだから、鮮美のこと、知ってないと、おかしいよ」
返す刀で右腕かと思えば、くるりと反転し、持ち主の左腕を痛め付ける刀。
「なんで小原は、そこまでできるの」
「俺が、そうしたいから」
煌めいた軌道を読む。キィンという音をたてて、鮮美の思いを受け止めた。
「………ドM?」
「……どっちが」
刀を弾き飛ばして、首筋に突きつけた。
はあ、という息を吐き、彼女は荒い呼吸をしながら目を細める。
「……殺せよ」
ふいと横を向いた表情は見えない。
「生きろよ」
「小原を殺して?」
「できれば生かして?」
ふっと笑ったのは、叶うはずがないという思いの現れだったかもしれない。
「……わがまま」
「うん、俺はわがままだよ。だから、今更誕生日プレゼント欲しくなった」
眉間にシワを寄せて、彼女は睨み付けてきた。
「だから、約束してほしい。もし俺が死んでも生きてくれるって。自分を大切にしてくれるって」
「…………どうせ、このままだとタイムオーバーで、こっちが死んで終わりだよ」
「そうかな?」
鮮美を促すように、目を地面へとおとした。
団の足元に、結構な量の血だまり。服に染み込んでいる、色が変わった血。
「俺の方が、先かもよ?」
苦いものを食べたみたいに、嫌悪の眼差しで血だまり、そして今の団の現状をみている。
「…………私は、逃げろっていったよね」
「……そう、だったっけ」
「なんで、そこまでするの。なんでここまでできるの」
体が寒い。けれど口内と脳内は多幸感。
「鮮美と一緒に生きられる、可能性が、あったから」
弾かれたように刀と鞘を回収したあと、鮮美に体を引っ張りおこされた。
「じゃあやろう。次でもう終わらせよう!そんな未来なんて永劫こないって、思い知ればいい‼」
「鮮美は、死なないよ」
「死ぬわけないよ、あたしが小原を殺すから」
「俺も、死なないよ。俺は鮮美には、殺されたりしないから」
ふっと、空気が和らいだ気がした。でも気のせいかもしれない。
「それなら証明してみせろ!そんなの綺麗事でしかない‼無神経で、無遠慮で、人の事情もしらずに夢を撒き散らしてって」
「証明する!」
刀が重たい。身体も鉛のようだ。
「だから、本気で」
身体と刀を引きずって、間合いの外まで距離をとる。
「今まで無意識に力加減してきたんだと思うけど、そんな配慮はもういらない」
殺したいなら、もうとっくに死んでいるはずだ。時間稼ぎをしたのは、遊んでいるような時間をつくったのは。
「俺はーー!」
全速力で、走り込む。前だけをみて、近づいていく。
殺すつもりで刀を振るう。そうすれば、吸血鬼としての鮮美が出る。
もしくは、もう出ているだろう。鮮美を肯定する言葉は、バランスを保つように、反射的に暴力的な手段で拒絶されるから。
敵うなんてはなから思っていない。だけど向かわずにはいられない。
鮮美のことが、大切だ。
他の何者にも、傷つけさせない。彼女が傷ついたら、自分も傷つこう。
諦めたなら、自分だけは諦めずに。
これからも一緒に生きたいから。
ーー目の前に、黒い棒が見えた。
今できる渾身の一撃は、彼女の左手一本で持つ鞘で受け止められた。
「笑える」
呼吸ができなくなった。胸の部分に、銀色の物質が、沈みこんでいる。
「あたしは、小原のそういうところがさ」
ごふっと吐いた血、鉄の味、体の圧迫が開放される感覚。
「嫌いだった」
右腕が爆発したと思ったときには、背中から地面にたたきつけられていた。
「…………死なないって言ってたくせに、やっぱり弱いじゃん」
鮮美は赤く染まった刀を見つめて、付着している暖かい液体を撫でた。