8ー11 いちぬけた
左肩のパーカー、その下のシャツが裂かれ、血が噴き出す。次いで右の腰のあたりに刀を突き立てられた。
間違いなく頸動脈をやられると思ったのに。
一撃では、殺してくれない。
鮮美はただただ闇雲に刺してくるばかりで、決して急所は狙わなかった。
苦しい、痛い。身体中、痛くないところなんてほとんどない。
ふらふらする
そんなときに、馬乗りになられ、覆い被せられた。
押し退ける気力と力が出てこない。
鮮美のブラウスについているネクタイが皮膚を撫でる。柔らかい黒髪の感触もわかる。
いや、今この瞬間にも、肩口に顔を埋めて、血を吸っているらしい鮮美のせいでくらくらしている。
血を流しすぎて、死ぬんじゃないかと。
幸いにも、彼女は刀を突き刺したままで、柄からは手を離していた。
こちらには、借りた刀は手の届くところにあった。
躊躇いなく、振りかぶった。
破れるスカートから見えるスパッツ。
そして、薄手のポンチョとブラウスが血に染まっていく。
紛れもなく団が傷つけた。
鮮美の温かい血が団の体にもふりかかる。
「……はは、油断しすぎたか」
体を起こし、口許を真っ赤にして、自嘲気味につぶやいていた。
もう一度。今度はわき腹。
手に残るのはあの嫌な感覚。
鮮美は袖で口許の血を拭い、ついた傷痕をみながら表情をかえた。
「痛いよ、小原」
悲しむでもなく怒るでもなく。ただ、そう、告げられた。
「知ってるよ、鮮美」
引き抜いて、もう一度、足に突き刺した。
刺されているのに笑っていて、目だけは別の感情をたたえている。
「痛いよ」
「うん」
「もっとしてよ」
鮮美は自分の手で、自身を傷つける刀を深く握りしめた。
「なら逃げろよ。次は、鮮美が、逃げる番だろ」
「はは、そういえばそうだね」
彼女はひとまず馬乗りの状態をやめて、立ち上がる。
「今から10秒だぞ」
「うん」
寝転がったまま目をやると、ちぶりをしたあと、刀をひきずりながら、ゆっくりと歩いていた。
腹筋を使って起き上がる。そこかしこが痛い。
だが、まだやれる。やらなきゃいけない。
自分が生きるために。そして鮮美を死なせないために。
お互いに傷つけあって、血を流さないといけない。
刀を杖がわりにして立ち上がる。刀に付着した血が砂をはりつけていた。
鮮美の、血。
パーカーの袖で血とあぶらを拭いて、次の戦闘での切れ味を維持する行為を行う。
そして地面を観察した。転々と続いている血痕は、鮮美のものだ。
それを追っていくと、一際大きい血痕と、うんていのうえで寝転がる鮮美を見つけた。
両手は大の字に広げ、顔は空を見上げるばかりだ。
気づいていないとは思えない。けれど、戦いは終わっていない。
くるりと刀を反転させ、うんていの下から、柄で背中をついた。
なにも反応しない。
仕方がないので、今度は刃のほうで同じ行為をした。
地面に血だまりを作るだけだ。
「……生きてるか」
「おかげさまで」
鮮美は落ちるようにうんていからおりてきて、団と向かいあった。
彼女が曲がりなりにも刀を引っ提げているため、こちらも、距離を保ちながら構えは崩さない。
あらゆるものに気づかないふりをして、大きく踏み込み薙いだ。
「痛いって、やっぱりいいね」
「…………」
大味な攻撃を、防御することなく食らわれたときには、さすがに面食らって反応など返せなかった。
おまえは、こんなに弱くないだろう。
「痛みは、私を私だと認識させてくれる」
「…………」
「わかってくれなんて言わないよ」
「……いつかは、わかりたい」
ただ刀を持つだけで、無抵抗な鮮美は、死にたがっているように見えた。
「物好きだなあ、小原は」
「いまさら」
鮮美はそこから、無抵抗で攻撃を受けていた。
受けた傷と同じくらいのものを負わせたと計算し、団は刀の矛先を鮮美からはずした。
体は冷め、悪者になった気分になる。
「……応戦しろよ」
「断る」
「俺を斬ったのは、もう同じくらい斬ったからチャラだ」
「……嫌、だ」
傷つけあって絆を深めていたのに、それをいきなり拒否されて、コミュニケーションをとる方法はぷっつりとなくなってしまった。
好きな女の子が、望むから傷つけて、麻痺して、もうお互いボロボロで、
自分がいったいどんな気持ちでいるのか。
そして鮮美はどうして、さきほどまでの凄絶なやるせなさと、妖艶な殺気を潜めているのかと。
頭を働かせるための、血がなくなっていたのかもしれない。