8ー10 遊ぼうよ
「よっ、と」
鮮美は刺していた刀を引き抜いた。栓がなくなったので、あふれた血がトレーナーに染みてくる。
こちらも刀を引くと、鮮美の足から血が滴り始めた。
「ごめんごめん。冷静に考えたら、ただの斬りあいだったら勝負にならないんだった」
圧倒的な力量差がある以上、鮮美は尊大なのではなく、むしろ真っ当な事実を口にしている。しかもこちらは、鮮美がくれたハンデをことごとく無視したのだし。
「タカオニの要素も取り入れて、仕切り直そうか」
「……え?」
痛みで耳が誤認識したのだろうか。鬼ごっこの一種の名前を聴いた気がした。
「公園内の高いところに上ったら安全。こっちは地面より高いところには移動できない。でも地上から攻撃するから、いい感じに防いでね」
また勝手なことをいう。高鬼は、高いところ、大概は遊具、を逃げる側の安全地帯として設定した鬼ごっこだ。鬼は近づけるが上ってはいけないルールなので、逃げる側は休憩にもなる。
もちろん、ずっと安全地帯にこもると鬼ごっことして成立しないので、10や30秒ほどの、滞在可能時間が設定される。
「滞在時間の制限は?」
「なしでいってみよ。もちろんあたしが鬼で、小原が逃げる人ね」
まさに命がけ。真剣持った鬼に追われるなんて子供は真っ青だ。
「はい、今から十秒待つからねー。はいいーち」
反論の余地はないんだろうな。ひとまずは塗装がはげたジャングルジムを目指すことにした。
まずは相手の出方を伺おう。
痛みをこらえながら、てっぺんまでのぼったときだった。
「じゅう!」
鮮美は一目散に走り出してきた。目標はこちら。加速する。
なんの躊躇いもなく跳躍し、空中で刀を抜いた。
そういえば。逃げていたときに、人並みはずれた跳躍力を目にしていたんだった。
軌道が予測できたので、刀を構えて迎えうつ。
高所にいる分こちらが有利で、腕がもげそうになった以外は無傷でいられた。
「おお、やるぅ」
ずざざと砂を撒き散らして鮮美は着地した。片方の足からぽたぽたと血が流れているのに、気にも留めない。
「さー、次は刀投げいってみよー」
「は!?」
やり投げならぬ刀投げ。
鮮美は振りかぶって真剣を投げた。
あんなのが突き刺さったらひとたまりもない。某ロボットアニメの槍じゃないんだし。
「っらあ!」
タイミングを見計らい、両手でしっかり握った刀を横に一閃する。
刀を弾き、あらぬ方向へと飛ばすことに成功した。
「ああ~!あたしの刀~」
得物の回収のため、鮮美は離れていく。今のうちにと、ジャングルジムをおりて別の場所に向かった。
滑り台の上から園内を観察する。彼女の姿はない。
見落としだろうかと、身をのりだした。
肩から血が吹き出す。
下から刺されたのだ。
「くそ、」
左手で耳当てを外し、下へ落とす。地面につく前に、何もない空間で跳ねた。
間違いない。透明になった鮮美が潜んでいる。
下へ刀をつき出すと、かすかに刀が赤く染まった。
刺さりが甘いと思ったが、なぜか赤さは深くなる。
……まずい。
咄嗟に刀を引き戻そうとしても遅かった。
鮮美に刃を握られて、下から思いきり引っ張られているらしい。
転落防止の柵も、幼児向けだからなんのことはない。
背丈は柵をなんなく越える。それどころか、ゆるくなっていたのだろう。男子高校性の体重に耐えきれず、柵とともに団は転落した。
強かに体を打ち付け、顔をしかめていると、人間の姿が現れる。
左手を血に濡らし、色のついた刀を突きつけてきている。
「……ただでさえアホみたいなスペックなんだから、透明になるのは勘弁。チートすぎるだろ」
自分の不注意さを棚にあげたが、これくらいの不平は言っても許されると思う。
「わかった、じゃあもうやらない」
両手で刀を構え直して、鮮美は大きく振りかぶった。
「捕まえた」
首もとに刀が迫ってきていた。これから何をされるのか、なんとなくの想像はつく。
避けられるはずもなかった。