8-8 位置について、構え
「鮮美、俺はもう逃げないよ」
静かに告げると、半人前の吸血鬼は表情を消した。
「大人しく死ぬ覚悟でもできたわけ?」
「違う。向き合う覚悟がやっとできたんだ」
微笑んでみると、鮮美は頬を強張らせた。
「俺は死にたくない。でも、鮮美が死ぬのも嫌だ。だから、吸血鬼の通過儀礼一緒にやらないか?」
返答が来るまでにはしばらくかかった。
「・・・なにいってんの、小原」
殺されてもいいという宣言に聞こえたのかもしれない。ただの自殺行為だろうと。
「俺は大人しく殺されたりなんかしない。迎え撃つよ。だから一緒に生きよう」
「・・・死ぬよ」
「死なない」
「あたしは手加減なんてできないよ」
「それでいいよ」
鮮美はゆっくりと団へと近づいていった。
殺気を散らしながら、頭上の赤い花を揺らして、威嚇するように距離を詰めていく。
団はまっすぐに鮮美を見つめ、体を動かさない。
鮮美の間合いにはすでに入っている。
「逃げないの?」
「逃げないよ、戦う」
鮮美は剣呑な表情を浮かべ、左手に持っていた刀の柄に右手をかけた。
どこまで迎え撃てるかはわからないけれど。
折れた竹刀を強く握る。
ぴたりと切っ先が首筋にあてられた。
「今のうちに、逃げなよ」
「・・・・・・いやだ」
「戦うって、本気?」
「もちろん」
唇の端があがり、鮮美は笑った。なぜだかぞくりとは背筋が凍る感じはなかった。
「って、その竹刀でいわれても、説得力ないからな~」
間延びした声を聞いて、思わず肩の力をぬいてしまう。
唖然としていると、刀をしまい、右腕とともに鞘に入った刀を突き出された。
「使ってよ」
彼女はさらりと言ってのけた。中身は恐らく真剣だ。
「あたしはもう一つ持ってるから」
これを受け取ってしまうともう戻れない。けれど、ないと戦えない。
「__ありがとう、使わせてもらう」
ずっしりとした重みが腕に伝わった。
「ちょっと、移動しない?あおいろ公園あたりまで」
鮮美は取り壊しが決まっている団地とその敷地内の公園の名前を告げた。
「いいよ」
人の目があったら困る。これから殺し合いをするのだから。
「で、基本は鞘から抜いた勢いで切り付けるんだけどさ。左手の添えかた、つまり鞘の持ち方が悪ければ親指飛ばすから」
「うっそ、そんな怖いの?」
「そうだよ?」
午前1時。二人並んで、目的地まで歩いている。24時間営業のコンビニを避けるため、大回りをして歩道がない車線を進む。
在学中は当たり前に続くと思った、けれど久しぶりになった、一緒に歩く行為。
「だからさ、小原は抜刀はしないで、もともと鞘から抜いた状態でやったら安全だと思うよ」
「左の親指限定で?」
「そうそう、左の親指限定で!」
お互いに真剣を持って、今日あったことを話すレベルで刀の使用法についての話をしている。主に鮮美が指南をする形だ。
これからお互いに命をかけるんだったよな。たちの悪い冗談みたいに、これから起こることを匂わせるような空気ではない。
「えーっと、あとは気を付けることは!」
「やー、ぶっちゃけないんじゃない?この短い期間で刀の細かい使い方覚えられないでしょ」
「確かに」
「それに、正直小原がどんなふうにくるのか、わくわくしてる」
やっぱり訂正。今は嵐のまえの静けさ、みたいな。
まばらにたっている一軒家やアパートの住人はすでに寝静まっているようだ。車の通りもない。
「さて、つきましたよっと」
やけに明るい声で、これまでの時間は終わりというような宣告をされる。
あっという間に横をすりぬけて、鮮美は離れていってしまった。
あおいろ団地と公園に明かりはまったくなく、月だけが頼りだった。
しかし雲に半分ほど隠れてしまっている。
「じゃあ小原、やろうか」
だから、表情はあまり見えなくて、声の調子で判断するしかない。
「おっけー」
先程までの変わらないテンションで応じてみた。
「小原のタイミングではじめて」
ハンデだろうな。まともにやったら敵わないから。一太刀くらい浴びてやるということかもしれない。
刀を自分と平行にもち、鯉口をきる。鈍い光が見えた。
引けるところまでひいて、もう腕が上がらないところまでいって、鞘を持っている左手を離した。
鞘はからんと軽い音をたてて落ちる。
モッズコートの前をあけ、右手に刀を持ったまま鞘を拾い上げて、ジーパンのベルトの部分に鞘を挟み込んだ。
息を吸って、吐く。
ほのかに赤い髪飾りが見えた。
刀を鮮美のほうへまっすぐに向けて、何秒かとまっていた。
雲が晴れてきた。
「鮮美、やろうか」
両腕をだらんと下げていた彼女は、こらえきれないように笑った。