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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第二章 小さな事件
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2-2

 「めーん!!」

 ばしんぱしんと、竹刀を打つ音が響き渡る剣道場。試合をしている部員以外は正座して待つ。

「ら、……ら」

 団はついつい入り口の引き戸がいつ開くかを気になってみてしまう。鮮美はまだ来ない。

「小原!」

 顧問が怒鳴っている。それは――今練習試合で次が、俺の番だからか!

「すみませんでした!」 

 剣道部主将は慌てて面をつけて竹刀を持ち、対戦相手と向き直る。

 いつもなら試合は楽しみなのに、今日はぜんぜん楽しくない。すぐに試合は終わってしまう。どきどきしない。わくわくしない。

だって鮮美がいないから。


「…なあ、小原先輩変じゃね?」

「思った。ぜんぜん調子でてないじゃん」

「声の張りもないしね」

「やっぱ原因は…」

 部員たちは、ただ一人来ていない二年生の女子部員を思った。


 時計の針が一周と少しするころ。試合終了。トップはいつものように小原。だがいつものように余裕しゃくしゃくではなく、彼は疲れた様子を隠していない。

 部員らを集め、顧問が口を開く。

「よし、試合を見たが、全員腕を上げたな。……それなのに小原ぁ!おまえは主将だろうが!三年が引退しておまえらが部活を引っ張っていかにゃならんのだろ!?」

 道場でびりびりと響く声に、団は緩慢に反応した。

「…すみません」

 その態度の後、部員たちは血管の切れる音を聞いた。

「小原、準備して試合だ!」

 激昂した顧問が道場の真ん中を指差した。


 小原はいつも後攻を基本としている。相手の出方を待ってからカウンターのように一本をとる、というのが戦法だ。ただ同じ後攻型には速攻で攻め、やはりすぐに決めている。唯一すぐに試合が終わらない例外が鮮美で、顧問さえでも同道と互角に張り合える。それが主将たる小原団だ。

 だが今日は、小原はがむしゃらに突っ込みいなされているだけ。

「どうした!いつもみたいな正確さはどこにいったぁ!?」

 キレがなく、剣筋も読みやすい。そして襲い来る顧問からの突きを防御するのでやっと。泥臭い試合が続き、顧問との距離をとろうとして後退した小原は、足を滑らせ


仰向けに転んだ。


 窓から見えたのは、暗くなった空。反比例してあかあかとしている道場。立ち上がらない団にすっと、暗い影が落ちた。

「……もういい。やる気がないなら部活に来るな」

 顧問はそう言い残し、解散、といった。

 ありがとうございました、と大きな挨拶が顧問を見送る。足音が遠のいた後、部員たちはそろそろと小原のまわりに近づいてきた。

 主将の指示を待っている。仰向けの姿勢から動かないこんな無様な姿でも、主将と言ってくれ、先輩と慕ってくれる。

 本当は、いつもだったら各自で自主練だ。でも今日は。

「…終わろうか」

 異論はでなかった。

 なにも考えられない。鮮美のことで胸騒ぎがするのか、顧問に失望されたのか、ありえないくらい竹刀が言うことを聞かないのがショックだったのか。

 どれが一番心のスペースをとってるかなんてわからない。

 あいさつをしたあとも、団は正座をしたまま道場に座っていた。仲間たちは気にしながらも、何も聞かずにいてくれて、彼らは静かに道場をでた。ただ一人残された団は正座を続ける。耳は勝手にかちこちと秒針の刻む音を数えた。

――今なにをしている。なにを話している。なんで来ないんだ。でも行ったらだめだ。幸祐の言うようにややこしいことにはしたくない。

長時間の正座の結果、団はよろけながら立ち上がると、竹刀を手に持ち振るった。基本動作。竹刀を振るっていても雑念は消えない。でもなにかしておかないと、気が変になりそうだ。頼むから、消えてくれ。

――扉ががらりと開いたのは、数え切れないほど竹刀を振るっていたときだった。

機敏に反応しぱっと顔を見やったが、入ってきたのは顧問と、青柳。彼女は自分の荷物に加え、部室に置いていた団の荷物も抱えていた。

たぶん落胆した顔を浮かべたんだと思う。青柳は、少し痛そうな顔をした。

「青柳、ありがとう。廊下で待ってたら寒いだろう。暗いしもう帰りなさい」

 どうやら青柳は、ずっと道場の外で待っていたらしい。今朝といい今といいたかが鍵を返すためだけに。…健気だ。

「はい、わかりました。…さようなら」

 青柳はぺこりとお辞儀をすると、顧問の薦めに従って静かに道場を出て行き、ぱたんと扉を閉めた。廊下を歩くただでさえ小さい足音が完全に消えた後、顧問兼体育教師、那須(なす)義武(よしたけ)が団の隣に座る。

「…小原、今日の欠席、聞いてるか?」

 言外に那須は、鮮美のことを聞いてきた。隠しても見破られそうなので、団は正直に事実だけを伝えることにする。

「…はい。クラスでちょっとトラブルがあって」

 那須は腕組みをしたままうなずく。

「そうか」

 那須はそれ以上詳しく聞いてこなかった。今はそれがありがたい。どう話していいか団も分からなかったから。

 今の団と同じように、顧問は大きく息を吐く。

「鮮美もなあ……。よお分からん。この時期に進路希望用紙白紙で出したり、剣道部の試合メンバー決める練習試合でわざと負けたりな。っとに職員会議であいつの名前を聞かない日はないよ。正直扱いにくいわな。優等生だけど読めない。誰にも内面を言わないからなに考えてるか分からず対策がたてられん。信頼されてないんかなあ。まだ分かりやすいがきんちょ学生のほうがやりやすい。」

 団は黙ったままだった。進路のことは初耳だが、試合のことは鮮美が誰にも悟られないよう、日々の練習から入念に計算して行っていたから。ただ、団に話してくれたことを除いて。

「それに、おまえもな。」

 話が自分に飛び火したので、団は姿勢を崩した。別に教師に目をつけられるようなことはしていない。いや、鮮美がこれだけ見破られているってことは、……でもなんかやったっけ?

「…危ないよ」

 その『危ない』は、体勢を崩した団ではなく、彼の内面に向けられていた。

「おれのとこで止まってるけど、鮮美のことがよくネットに書き込まれてるやろ?教職員としても見過ごせんから管理人に削除依頼してたんやけど。書き込んだやつのとこに殴りこみ前提で話し合い行ったり、まあどっちが悪いかわからんけどちょーっときつい言葉で鮮美のストーカーを学校何日間か休ませたり。ああ、あと姫島にハッキングとかウイルス送るとかさせたりも。あかんなー。罪状は傷害、恐喝、あとサイバー犯罪か?いきなりはいることはないとおもうけど、めんどくさいことになるぞ」

 団は感情が顔に出やすい。彼は、全てを見通している顧問の顔を見れなかった。

「…おれはな。学生同士の恋愛も、部内恋愛も別にやっていいと思うよ。一線を越えたり、周りに迷惑かけない程度だったらな。でも全部エネルギーつぎ込むな。プラスのときはそれでいいけど、万が一マイナスになったらどうなる。…そればっかりに頼りすぎるな。まわりみんなが分かるほどちょっとしたことで一喜一憂するんじゃない。」

 自分でも、異常なほどだと思う。ここまでのめり込むとは知らなかった。だけど、どうしても、どうやったって止められないのだ。試合のときはどんな大会でも自分の感情なんてコントロールできるのに。

「…先生。俺は、どうしたら良いんでしょう。…怖いんですよ。なにが怖いのか分からないんですけど、怖いんです」

 団は、言葉を失ってしまったかのように、怖いと言い続けた。那須は立ち上がると右手を軽くあげ、手加減なしで生徒をどついた。

「―――ってえええええええええええええ!!」

面をはずしていたので頭むき出し。坊主ではないが、髪の毛はこういう打撃には少し弱いと思う。団があまりの痛さに頭を抱えていると、頭上から顧問の叱咤する声が降る。

「何腑抜けたこ言うとるんや!!強くなるしかないわ!集中して練習せい。ちょっとやそっとでうろたえんくらいにならな、生きていけるか!」

 那須は息継ぎをすると身をかがめ、団を起こした。

「すまんかったな。説教長かった。――もうおまえここで着替えてはよ帰れ。下校時刻過ぎてる」


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