8-7 一夜漬け
「小原はどうしたい?鮮美さんのためとか、そういうのは抜きにして、小原はなにしたいの」
「--生きたい」
「鮮美さんは?」
「一緒に生きていきたい」
死にたくない。死なせたくない。どちらか一方しか生きられないなら、相手に生きていてほしい。
「・・・どっちかが死ぬか、の二択でもがくなんて、小原らしくないんじゃないの?」
やけに挑発的な友人に、ぴきんときた。
「あのな、鮮美を助ける方法がないっていったのはお前の親父で」
「だから諦めたんだ?選択科目で市内の伝承を調べる課題もあって、しかもテーマがもろ吸血鬼だったのに、そこから自分で調べようとは思わなかったんだ?僕を頼って食い下がってくるかと思えば、それもしなくて、思考停止して、一人で悶々と堂々巡りしてる」
心臓が締め付けられる。息が苦しい。
「それのなにが」
「悪い訳じゃないよ」
穏やかな声が、息苦しさをとめてきた。
「悪い訳じゃないけど、もっと人を、頼ってってば」
まだ、間に合うだろうか。それとも遅いだろうか。今まで目をそらしてきた分、足掻くことをしなかった期間。
どうにかして取り返すことはできないだろうか。
「なあ幸佑、どうにかする、こと、できるかなあ・・・」
泣いた。
日付をまたいでいる。殺しにかかってきたときには人が変わっているようだが、公園で話したときからすでに、彼女は辛そうだった。
「なんとか、するんだろ?小原ならさ」
できない、というのは簡単だ。諦めるのも、簡単だ。
本気になって、本気が通じなくて、そんな思いを味わいたくないから、本気でやることに臆病になってしまう。
「悪い、幸佑。知ってることで、なんかヒントになりそうなこと、教えてくれないか?」
「そうこなくちゃ、こっちも調べてた甲斐がない」
電話口の向こうで、微笑んでいるような気がした。
「吸血鬼が血を吸わずに生きてる例は見つからなかったよ。ただ、その量がよくわからないんだよね」
「・・・量?」
確か鮮美や唐紅は、一人の人間を殺すと言っていた。
「人間一人殺すんじゃなかったのか?」
その問いに、うなり声が響いた。
「楽観的な仮説からいうね。一人の人間を殺すのはただの通過儀礼に過ぎないのかもしれない。ここまでやったら人は死ぬとか、そういう力加減を学ぶために、殺す必要はないけどあえて課題としている可能性がある」
それなら生き延びる可能性が少しは出てくる。最も、殺しにかかってきた鮮美を目の当たりにして、手加減してくれる要素はどこにも見えなかったけど。
「で、悪いほうの仮説は?」
「単純に、最初は殺さなきゃいけないとか。牛乳飲むために、まず牛乳パックの口をあける的な感じで」
要するに、吸血鬼としての覚醒が人殺しをすること、というわけか。
「どっちにしても殺すんじゃないか」
「うん、小原がなにもしなかったら、殺される。小原に死んでほしいわけじゃないから、個人的には今すぐ神社にきてほしい。うちの神社は吸血鬼除けにもなってるから」
さらっと前提を覆されて、笑ってしまいそうになる。なにもしなければ、という部分に、幸佑なりの心配とヒントがあった。
もし人を殺すことが通過儀礼であれば、お互い生き残る道がないわけではない。
もう少し仮説を検証したい、と思った時だった。
冷気が強まった。
「悪い、幸佑。ありがとな」
「え。小原・・」
電話を切って、立ち上がる。
折れた竹刀を片手に、気配を発している場所をみやった。
「鮮美だろ?」
刀を引っ提げた、同級生の女の子が現れる。
「逃げないの?」
団は目を逸らすことなく、嘲笑を受け流した。