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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第8章 理性と本能
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8ー4 鬼ごっこ

ぴたりとあてられた刃は、冷たさを伝えてくる。

動けない。物理的な問題と、恐怖と。

「……鮮、美?」

「生きて、そばにいろ、なんて、簡単に言わないで――!」

片手で持っていた刀が、かたかたと震え出す。切っ先が安物のコートを裂いた。

刀はまた静かになる。言うことを聞かない右手を、彼女の左手が押さえつけたからだ。

「ねえ小原、最期にしたかったよ」

なんの、と聞き返す暇はなかった。

ちくりとした痛みが、腕に感じる。

ゆっくりと服をめくってみると、わずかに切られた箇所がある。

「生きて、っていうなら。ヒトでなくなるしかないよな」

うってかわって楽しむように。真剣を握っている彼女はにやりと笑った。

切られた箇所からわずかな血。目が爛々と光るさまは、肉食動物のようだ。

がつんと地面に突き刺さる日本刀。

フリーズしていた頭が冴える。

「小原、ごめん」

今度は絞り出すように。

刀を突き刺して、一方で引き抜こうとしているなにかは、団をみてはいなかった。

「逃げて」

顔をあげて言ったようだったが、見る余裕はなかった。

殺される。あれは確実に殺される。

唐紅からくれないに匹敵するような剣術で。一刀両断、なす術なく餌食になる。

先程まで二人で乗ってきた自転車を慌てて起こし、一目散に走り去る。

家は?だめだ。あの状態なら不法侵入待ったなし。警察に駆け込んだって、応戦するのはただの人間だ。かなうわけがない。

逃げ続けるしかないのだ。恐らくはあと数時間くらい。

彼女の命が尽きるまで。

あんなのに立ち向かえると考えていた、数時間前の自分を殴りたい。

とどめを刺したのは、きっと自分だ。

鮮美が「人間として死にたい」と幸佑に言ったのは、考えた結果なんだろう。

吸血鬼になって、ヒトでなくなって生きるよりは、普通の高校生として死にたかったということ。

それを、まぎれもなく、団がぐらつかせた。

そばにいてと、生きてと言った。

鮮美だって、生きたくないわけじゃなかったのに。

「ごめん……」

今だって、逃げている。

鮮美を支えると疑わなかった自分が、他ならぬ鮮美が怖くて、逃げ出している。

無灯火で、全速力で自転車をこいで、できれば追い付いてこないでほしいと思いながら。

逃げて、という鮮美の最後の声に甘えている。



「あーあー、刀をそんな風に扱うもんじゃないわよ」

気だるげな少女は、薄着で座り込んでいる鮮美にむかって声をかける。

鮮美が持っている刀は砂がついていて、あとの手入れが大変なことになることは明白だった。

「で、マドカくん、どうだった?」

「……逃げやがった」

口をへのじに曲げる唐紅に背を向け、砂がついているままの刀を納めた。

「悪いけどさ、久世先生の家に行って、荷物とってきて」

ハイウエストにはいていたスカートのベルト部分に、しっかりと鞘を差し込む。

「ちょっと手間かかりそうだけど終わらせてからもっかい合流」

鮮美はダッフルコートを拾いあげる。軽く砂を払って、まだ出していない刀を肩にかけ、その上からコートを羽織った。

「……逃がしたの?」

「まさか」

赤い花のかんざしをセットして、鮮美は笑う。

「そのほうが、面白い」

瞳を赤く染め、半人前の吸血鬼は笑った。

「……殺してやるよ」

爆発的な瞬発力は、唐紅の衣を揺らした。

走り出した鬼の気配は、すでにこの近辺にない。

「………人使い荒いんだから」

苦笑しながらも、人でなくなりつつある少女を思うと、頼みを聞いてやろうという気にはなった。



自転車で爆走して向かった先は、駅だった。

まだ終電は出ていない。なんとか飛び乗ってしまえば、追ってはこられないだろう。

追ってきても、電車内での殺人沙汰なんてギャラリーがたくさんだ。避けると思いたい。

飲み屋の看板が見えてきた頃だった。

風を感じたと思ったら、タイヤが何かに引っかかった。

前方は動いているのに後方は止まる。

バランスを崩し、派手な音をたてて、団は道路に投げ出された。

タイヤがからからと回っている。道には障害物などない。

ゆらりと空気が動いている。

例えば透明な何かが追ってきて、タイヤに鞘でも突っ込んだら?

「なんだ今の?」

居酒屋の店員が様子を窺いに外に出てくる。

今しかない。

団は跳ね起きて、痛む身体を叱咤しながら脇道に逃げた。

タバコを買いに来ている男の姿が目に留まる。エンジンはかけっ放し。

悪いと思いながらバイクに飛び乗り、発進させた。


「ちょっとちょっと、大丈夫?」

立ち尽くしていた少女に、居酒屋の店員は声をかけた。

「すみません、飛び出してきた人を避けようとしたら派手に転んじゃって……」

振り返ったのはいわゆる美少女で、転んだにしては汚れていない服装などまったく気にはとめなかった。

「お騒がせしました」

ぺこりと少女が頭を下げたと思ったら、すぐ近くでドロボーと叫び声があがる。

「うわ……」

店員が駆けつけようとしたときには、少女はすでに自転車にまたがって、その場を立ち去ろうとしていた。




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