8ー3 一休み
「はい、好きなやつ取って」
自販機で仕入れたいくつかのあったかいドリンクを見せる。鮮美は迷うことなくミルクココアを選んだ。
残ったコーヒーとホットレモンを吟味して、眠気を殺すためにコーヒーの缶をあける。
自宅近くの公園のベンチ。そこに二人、微妙に空間をあけて座っていた。
圏内唯一の灯りは暗く、じっとしていれば人がいるとは気づかれない。
11時までのガソリンスタンドも、すでに灯を落としている。
「……ありがと」
礼を言ってから、鮮美はキャップをまわす。ちびりちびりと飲んでいた。
心なしか。呼吸が荒い気がする。
「疲れてないか?」
「まあまあ、疲れたかな。透明になるの、体力使うし」
「そっか」
鮮美の黒のダッフルコートを横目に、コーヒーを流し込む。
浮かんだ疑問をみないふり。
「あのさ小原」
「あ、渡した髪飾り持ってる?」
発言に被せたのはわざとだ。
「……持ってる」
「よかった」
幸佑に、「人間として死にたい」と言った鮮美の身体は、いつまで保つのだろう。
もしかしたら、とっくの昔に限界で、いつ死んでもおかしくないのではないんんじゃないだろうか。とても自意識過剰だけれど、だから自分に会いに来たのではないだろうか。
だったら、それを、知りたくない。
死んでほしくない。それが鮮美の望みでも。
「……そういえば、あたしが好きな花っていってたけど」
不本意ながらも、鮮美は話にのってくれた。開けてはくれないが、箱を取り出している。
「うん、彼岸花」
なんてことないように、秋のはじめに咲く赤い花の名前を告げた。
「なんで知ってるの」
「青柳に聞いた」
「………そ。でもよくあったよね」
墓場に多く咲いているそれは、あまり縁起のよいものではない。
花のモチーフで小物が売られているのは、万人受けするバラや桜などごく一部たと思い知った。
「そうそう、ハンドメイドのやつ探した」
「なんでそこまでして見つけようとするかなー物好き」
「誕生日だし?」
ちらりと時計をみる。まだ時間はあったが、いい頃合いだろう。
「日付かわったら、鮮美の誕生日だろ?」
はっとする表情は、鮮美の素のようで珍しい。
「だから、お祝い」
そっと箱をとって、リボンを解いた。
「赤いのと白いのあるけど、どっちにする?」
「…………赤いの」
「よっしゃ」
一際大きな花をつけた、かんざしを一本取り出す。黒い髪の毛に触れてはじめて、鮮美は反応した。
ゆっくりゆっくり、痛くないように差し込んでいく。
「これで、大丈夫か?」
「……ちょっと、ゆるい」
遠慮がちだが、不十分な差し込みかたを指摘される。
やや傾いてついているかんざしは、今の鮮美の状況のようだ。
あたりが黒いなか、ほのかに存在を主張している。派手すぎないが、無視するには目を引きすぎる存在感。
そして、どことなく危ういバランス。
「小原」
ミルクココアを一気に飲み干し、鮮美はキャップをきつくしめる。
「さっき、そばにいてよって、言ったよね」
「……言った」
「答え、言うね」
冷えた風が吹き、鮮美はあたりを見回して、なにかをみつけたように微笑んだ。
ベンチから立ち上がり、弾みをつけてペットボトル型アルミ容器を投げる。
「無理だよ」
弧を描いて消えた空容器は、離れた場所で軽い音をたてた。
見えないが、どうやら金網でできたくずかごに入ったらしい。
ああそうだ。彼女はおさえていただけで、表にだしていなかっただけで、人並み外れた能力を持っているのだった。
「小原は、さ」
「うん」
「私が吸血鬼だっていうこと、なんでだか知ってるんだね」
「………うん」
「じゃあさ、いい年して血を吸わなかったら、大体、10代半くらい、にもなって、吸わなかったら、死ぬって、知ってる、の?」
頭の花が揺れる。
「吸血鬼になれなかったら、15から、17、くらいには、しんじゃうってことをさ」
身体を丸めて座り込んだ鮮美に、団は駆け寄る。
「近寄るな!」
「そんなわけにいくかよ!」
高い声を圧倒するようにこちらも叫び返す。
肩をおさえて、顔をあげさせた。
「もう我慢しなくていい。我慢しなくていいから、俺の血を吸えよ!吸血鬼にでもなんでもなって、生きて」
ぶちっという、音がした。
一筋の黒い髪と一緒に、鮮美はかんざしを引き抜いたのだ。
「ふざ、けんな、今まで、人が、どんな思いして…………」
かんざしを乱暴にポケットに突っ込むと、鮮美はダッフルコートを脱ぎ捨てた。
「吸血鬼が吸血鬼になるために、ただ、血を吸えばいいとでも思ってるの?」
肩からかけていた刀のケース。ファスナーをあけ、納められていた刀を取り出す。
「自分の手で、一人、殺すんだよ」
すらりと鞘から抜き、鮮美はぴたりと刃先を突きつけた。
「生きろっていうなら、小原。私のために死んでくれる?」
「マドカくんって、案外残酷なんだよね」
先程の、唐紅の言葉を思い出す。
なんにも分かっていなかった。
そう、考えなしに発した言葉は、残酷なのだ。