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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第7章 もう一度
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7ー9 さまよえる貧血患者

「だからなに。俺は鮮美が人外だって知ったら、手のひら返して離れていくように見えたわけ。カラクさん、すっげーなめてかかってきてるよね」

「……まどかくん、怖くないの?私もアザミも、吸血鬼だよ。血を吸わないと生きていけない。相手が誰であろうと、獲物扱いできる」

「なんで怖いの」

あくまでも調子を崩さない唐紅からくれないに対し即答する。

いつかみたいにもう迷わない。自分のなかで、答えは決まっている。

「……下手したらアザミに殺されるよ?あの子は吸血衝動を無理矢理押さえ込んでるだけ」

自然と笑みがこぼれる。なぜだか、嬉しいと思っているのだろうか。

「あー、さすがに殺されるのは勘弁かな」

「じゃあなんで」

「だけどそれは、離れる理由にならない。俺が死ぬことに意味があるなら考えるけど、やっぱり生きていたいとも思うから、殺されそうになるなら迎え撃つ」

先を歩く唐紅は、立ち止まった。

「……本気?」

団もあわせて立ち止まる。

「もちろん」

「呆れた」

先程の一方的な力量差からみると、無謀としか言いようがない。

だが、これは理屈ではないのだ。

理解できないというように、彼女は早足で歩いていった。

「バカって思われてもいいよ。……ただ、俺は。それ以上にカラクさんのことが許せないな」

「あれ、どうして?」

無邪気な声に、唐紅は、二重人格ではないのかと思い始めていた。もしくは吸血鬼全体がそうであるか。

「鮮美が容疑者扱いされてる一連の殺人事件、本当はカラクさんの仕業じゃないの」

「……言いがかりね」

「そうかな?カラクさん、どういうわけだか透明になれるじゃん。だったら鮮美が通りがかりそうなときに殺しもできそうだし、罪をなすりつけることも不可能じゃないと思ったけど」

「へえ?」

「それに、俺と、幸佑と、青柳はカラクさんのなかでは消したいリストに入ってるみたいだし。鮮美の繋がりを全部ぶっ壊したいのかなって」

仮説を静かに叩きつけると、体は子供、中身は身体年齢以上の吸血鬼が現れる。

「……ふふ、確かに未練はなくしてほしいわ。さっさと吸血鬼のコミュニティに戻ってきてほしいし」

「でも、俺たちは鮮美を突き放したりしない」

「だとしても、その他大勢からはもう排斥されてるわ?」

思い浮かんだのは、遠くなった日常。様変わりした鮮美の学校生活。

「……あんだが、そう仕向けたんだろ!」

こらえきれず竹刀を振るうと、彼女は軽やかなステップを踏んで避けた。

「忘れないで。先に抜いたのはまどかくんよ。今日は迎え撃たないけれど、次に会ったときはこのお礼をするわ。そのチートアイテムに感謝するのね」

捨て台詞を残し、唐紅は消えた。

おそらく移動したのだろう。そう実感すると同時に、へなへなと座り込む。

「やっ、ば、」

息が荒い。汗でシャツがはりつき、気持ち悪い。

一人心の持ちようをはかりかねていると、携帯が鳴った。

市ヶ谷からで、青柳に預けている自転車を取りにくるように、とのことだった。

とぼとぼと元来た道を戻っていく。全力疾走後のように、息が荒い。

やっとのことで広場までたどり着くと、市ヶ谷が銀の自転車の横で待っていた。

「……お疲れ様です」

やや疲労の色をみせた後輩に、問いたいことは山ほどあるし、聞かなければならないことも同じくらいある。

「青柳は、一旦家に戻ってもらいました。親もちょうど帰ってきたみたいだし。擦り傷以外の怪我はないです」

「そう、か……」

気力が追い付かない。

「あと、ちょうど警戒中の警察の人にも見られたんで、今青柳のところに説明してますよ、小原さんの、お父さん」

力が急速に抜けていくのを感じた。証言されれば、鮮美の疑いがより深くなる。

夜に刀を持って出歩いて。いったい何をしようとしていた?

唐紅のたくらみを阻止しようとしたのだと、団なら考えることができる、話せば幸佑や青柳、市ヶ谷あたりもわかってくれるかもしれない。

けれどそれ以外は、鮮美のことをさまよう殺人者としか見やしないだろう。

「歩きましょ、小原さん。帰っていいって言われてます。一応小原さんから連絡いれといてください」

半ば機械的に事務連絡を父に送り、言われるがままに、帰路についた。

「俺も青柳も、鮮美さんに助けられたっていう証言はしてます。ただ、どれだけ信じてもらえるか、ですけど」

市ヶ谷はこちらをみることなく、淡々と話す。

「このまえ小原さんのお母さんにお話を聞いたとき、鮮美さんからは手を引けって言われました。同じ事を、さっきも小原さんのお父さんに」

そりゃ言うよ。と言おうとしたが、言葉にならなかった。

「あと、セーラー服を来てた奴のことを青柳が話したら、鮮美さん以上に近づくなって言ってました」

「……………」

これは言うべきじゃないかもですけど、と前置きをして、市ヶ谷は息を吸う。

「俺は鮮美さんに、いろいろと情報を出してました。自分の立ち位置や、他校での評判が、事件以降どんなふうに変わってきているのか」

「……おまえ、それを鮮美に言ったのか」

自転車の回転が止まる。思考が限界に達する。

「はい。歪めることなく、そのまま伝えました」

自分に向けられる敵意、悪意、隠していたはずだが、それを鮮美は知っていた。

「市ヶ谷、おまえなんで………!」

自転車が倒れる。つかみかかったが、つかみかかられたほうは動じた風もない。

「報道同好会は、資金がないのでやむなく副業として情報屋みたいなことをやってます。ですが、専属じゃない。鮮美さんに頼まれたらやるし、小原さんに頼まれてもやる。理由がなければ依頼の範囲を超えたことは、しません」

「………!」

乱暴に放す。確かに、落ち度はこちらにある。鮮美が報道同好会になにかを頼むと考えもしなかった点。次に、鮮美がなにか聞いてきてもはぐらかせと依頼をしなかった点。

「………本当は誰に依頼をされたかとかも言わないんで、これは独り言です」

乱れた服を直しながら、辛うじて聞き取れるレベルでささやく。

「鮮美さん、かなり体調が悪化してました。それと、情報拾っていったら、独り暮らしにはありえないほどの牛乳買ってます。一日平均4リットルですよ」

それこそ、吸血鬼の衝動を抑えていたためだろうか。

自転車を起こしていると、声が上からふってくる。

「あと、俺は鮮美さんに頼まれごとされてたんでした」

「どんな」

「小原には、伝えるな」

「………?」

「心配させるような情報を、小原には伝えるな。そう言われてました」

「……おまえ、破ってるじゃん」

「そりゃ、小原さんには借りがあります。青柳を助けてくれた」

「……ああ」

「青柳から伝言で、ありがとうございます、と。俺からも、ありがとうございます」

一礼をされて、がらにもない。

「……それに、小原さんの優先順位で一番高いの、鮮美さんでしょう?」

考えるまでもなく、うなずいた。

「だったら、俺はそれを手伝います。鮮美さんは、小原さんのこと、気を回すレベルではそこそこ大事だと思ってるでしょうし」

「おいそこそこってなんだよ」

「いやー、大事だと思ってる、とか言い切れないじゃないですかー」

「てめ、おちょくるのもいいかげんにしろって」

「はははー」

市ヶ谷はいつものひょうきんなキャラに戻っている。

「………落ち着いたら、また何があったか話してくださいね」

「……わかった」

風が冷たい。鮮美はどこにいるのだろう。どこに向かおうとしているのだろう。

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