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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第二章 小さな事件
6/81

2-1

 昼休み、いつものようにざわざわとしていて、教室内は弁当やパン、ジュースのにおいが混ざっている。団が昼食を食べ終えて廊下で幸祐を待っていたとき、教室から間延びした声が聞こえてきた。 

「ねえ鮮美さん、行こーよー」

 藤和高校には純粋培養された秀才や努力家、おとなしい性格の生徒が市内の中で比較的多い。それでもやっぱり雑誌の中にいるタイプの人たちも存在するわけで、声をかけているのはそんな女子二人、男子二人の四人組。不良ではない。イマドキの高校生だから一目置かれているだけで、彼らは行事のときはクラスを引っ張り、日常でもそこそこの成績を維持している。

「ごめん、ちょっと用事入ってるから」

 鮮美は丁寧な口調で無難に断った。

 鮮美はクラスの集まりは一切出席しない。部活でも打ち上げに三十分ほど出て切り上げる。彼女は学校位一の嫌われ者でさえ聖人君子のように分け隔てなく接するが、反対にどれだけ距離が近くても、それは見せかけ。一定ラインを超えさせない。誰かと深く関わるのを恐れているかのように。普通は誘った側も鮮美に声をかけ、断られた後は無理強いしない。でも今回はいつもどおりに終わらなかった。

「…なんでだよお。いっつも誘っても出てくれねえじゃんかよお、付き合い悪いぞ」

 男子生徒の一人、東村が食い下がり始めた。女子二人はなだめようとするが、うまくいっていない。鮮美は困ったように微笑んでいるが、それも火に油を注いだようだ。

「っとにすましてんじゃねえぞ!?なんとか言えよおらあ!!」

 鮮美のネクタイが引っ張られた。

 鮮美は不意をつかれたのか、すこし椅子から浮いたあと床に倒れる。椅子が遅れて派手な音を立て、女子たちの悲鳴があがる。団は飛び出そうとしたが、誰かに肩をつかまれてできなかった。後ろを振り返ると、ひょろい腕が力いっぱい俺を止めている。

「…離せ幸祐!」

「だめだ…!完全にあいつ目がイっちゃってる。今小原が行ったら、鮮美さんと仲がいい分ややこしくなる…。大丈夫、クラスの人たちが、――ほら!」

 確かに、しっかりしている性格の女子たちは鮮美を引き離し、男子たちは暴走した東村を止めにかかっていた。教室内の緊張がほぐれかかっている。

 だが、

「離せちくしょー!!」

 東村はそれを振り払い、鮮美の近くにいた女子たちを乱暴に追い払って、鮮美に近づいた。

「立てよ、立てっつってんだろ!!」

 鮮美は座り込んだまま、うつむいている。

「立てよ!!」

 東村は鮮美の腕をつかんで、むりやり立たせようとした。それに抵抗しようとする鮮美。

 小さな音が、何か聞こえた。遅れて鈍い音。

「っつ!」

 鮮美の蹴りが生徒の膝に当たったのだ。二人は反動で、それぞれ仰向けに倒れこんだ。

 先に起き上がったのは東村。彼はまたも鮮美を立たせようとして、やめた。

 凝視していたのは、彼女の左手首。この一件で袖のボタンが外れたのか、いつも長袖であらわになることのなかった白く細い腕がのぞいていた。鮮美は起き上がり、ゆったりとした動作で袖を元に戻した。鮮美はため息をついて目を見開く。

 彼女の冷たい視線の先には、震えている生徒一人しか映っていない。

「……なんだ、あれ」

 態度の一変、立場の逆転にクラスも驚きを隠せない。女子の蹴りひとつでここまで状況が変わるなんてまずないはずだ。

鮮美が小さく口を動かした。

『…見たな』

 声に出していなかったのに、団にはなぜかそう聞こえた。そして、彼女は感情を全て消し去り口を開く。

「話をしよう」

 それは今まで聞いたことのない高めの声で、誰のものか分かるまでにしばらくかかった。

「放課後、この教室。二人で」

 誰もが身動きできないまま。予鈴が鳴った。


 昼の騒ぎは、怖いくらいどこにも漏れることはなかった。

 女子の悲鳴は黒い生命体Gが教室に出現したから、という嘘をでっちあげ、唯一事情を知った他クラスの幸祐にも口止め。あまり出せないだけで正義感ある幸祐も、今回は黙っていたらしい。全体的に口外できない雰囲気が漂っていた。その発生源は、鮮美。休み時間のたびに誰もしゃべらないという重苦しい時間が来る。鮮美も男子生徒も、目を合わすことなく教室に存在していた。

のろのろと時間が過ぎ去ってやっときた放課後。掃除に当たっている生徒以外は逃げるように教室を出て部活か家路へと急ぐ。好奇心や興味がありそうなやつにしても怖いという感情が先行したらしい。

 鮮美を突き飛ばした東村も帰ろうとした。が。

「帰るな」

 けっして大きくはない鮮美の少し低い声が、教室内を硬直させた。教室を出ようとしている振り返らない背中が、少し震えている。

「掃除終わるまで、待って」

 鮮美はほうきで床を掃きながら、相手のほうを見もせずつぶやいた。声をかけられた東村は、観念したようにのろのろと歩き出し、廊下で待っていた。


――がたんと、ロッカーに掃除道具をしまう当番。彼らも示し合わせたように、黙りこくったままかばんを持って去っていく。教室には、団と鮮美だけが残された。

「鮮美」

 彼女は答えない。

「俺、待ってるから。どんなに遅くなっても、道場で待ってるから」

 そうして団は一人残してかばんを持つ。教室を出た後廊下に立っている人物になんともいえない顔を見せ、彼はその場から立ち去る。

 上の階からは吹奏楽部の基礎練習の音が聞こえてきた。三時も半分過ぎると、教室棟は冷たくて、静かだ。


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