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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第7章 もう一度
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7-7 剣と赤色

竹刀を振るう音が響く。ジャージの中に熱がこもる。それでもやめることはできない。

青柳は汗をぬぐいながら、自宅近くの空き地で練習を行っていた。

部活動の時間が短縮され、ただでさえ技術が拙い青柳がレベルを維持できるはずがない。

自主練習を行うようにとのキャプテンの助言は的を得たものだった。自分でも部活の時間だけでは維持が難しいことが分かる。

もっと強くなりたい。強くなりたい。

一人ぼっちでの練習を続けていると、不意に風を感じた。



仕事場ではどうか知らないが、父、小原丈はどこかぬけていると思う。いくら部活の後輩だとはいえ、高校から付き合いを持った女子の自宅住所を普通は知らない。

「木田さんに聞いたの、結構役に立ったな…」

以前食堂で聞いた青柳の情報が、思いもよらぬところで役に立つものである。

部活の連絡網として把握しているメールには返信がなく、携帯電話も同様だ。やむなく自宅にかけると、やはり誰も出ない。

空振りになっても許せるレベルの道のりではあるし、返却は早いほうがいいだろうと、団はオレンジの自転車に乗って西藤井まできていた。

どうも青柳の家の近くには広場があるらしく、嫌がられなければ稽古をしようと思い竹刀も持ってきている。

彼女の住まいはマンションだ。同じような棟が立ち並び、やや混乱してしまう。街灯は設置が飛び飛びで、棟番号を照らしてくれるほどのものではない。

「これは迷ったか……」

立ち止まってきょろきょろとあたりを見回すと、開けた場所が目に入る。金網のフェンスで8割囲まれ、校庭のようにむき出しの土の広場だ。青柳が話していた練習できる広場というのは、あそこではないか。

ゆるゆると近づいていくと、人影が見える。竹刀らしきものも見える。十中八九、青柳だ。

広場前で自転車と歩みを止める。彼女は自分が来ることを知らない。怖がらせないレベルで声をかけ、驚かせてみようか。

そんなことを考えた目の前で、青柳は突如現れた人影によって転がった。

幸い竹刀で勢いを殺したようだが、身代わりとなった竹刀は無残な状態となり、防御はもう難しい。

対して襲撃者は、日本刀を引っさげている。抜刀の勢いで竹刀が潰されたようだ。街灯に照らされた姿は、黒いカーディガンに黒タイツ。そしてセーラー服の襟。

中学生ほどの少女は、土にまみれた青柳に刃先を向けて、薄く笑った。

「バイバイ」

ぞわりとした。

あいつは間違いなく殺す気だ。

「いや……」

つぶやきは白い息になって消える。

きらめく刃。

「青柳!」

自転車を押し退けて竹刀を持ち、襲撃者のもとへ走り込んでいく。

少女は弾かれたように距離をとる。その隙に、団は後輩の前に立つことに成功した。

「……誰かと思ったら、アザミのそばによくいる……」

刃先を地面にむけつつ、戦闘体勢は解かない少女。

自分は知らないが、相手は自分のことを知っている。得体の知れなさが、喉の乾きを加速させた。

背後を窺うと、座り込んだままの後輩が荒い息遣いをしている。

「おはら、せんば」

「青柳、逃げろ」

こちらも相手を警戒しながら、囁き声でやりとりをする。

後輩一人庇えないようでは、助けにきた意味も失ってしまう。

たった一回だけでなく、最終的に生き残らなければ意味がないのだ。

「あら、逃げる算段?」

1歩近づき、地獄耳の少女は言葉で追い詰める。

「心配しなくても、あなたが来た時点でその女の子に用はないわ」

急激に温度が下がる。混じりけのない明確な殺意にさらされ、団は笑顔で人を殺せるであろう存在を目の当たりにした。

「オハラマドカ。アザミのために、」

姿が消える。

「死んで」

耳元でそう聞こえて、咄嗟に竹刀で横に払った。

なにかやわらかいものにあたる感触。

視認した相手は、間合いの範囲にいつのまにかやってきていた。

「ビキナーズラックってやつかしら?」

腹を押さえた姿に、少しだけ良心が痛む。傍目には、防具をつけていない女子中学生の腹に竹刀が入ったのだ。

しかしこちらも薄手のパーカーが裂ける被害を被った。

「でも今度はそんなラッキーないわ」

姿がまた消える。

目を凝らしてやっと見えたきらめきは、まぎれもなく自分に当たる。

「………っ!」

息をのむのは背後の青柳。勝ち誇った笑みは襲撃者。地面に落ちている竹刀入れと、お守り。

ああ、ここで死ぬのか。

コマ送りのように事態を見守っていると、ガキンという音が流れを元へと戻す。

青柳の前には団。そして、団の前に立つ人影。

「アザミ…………!」

鮮美深紅が日本刀を手に、忌々しげに吐き捨てる襲撃者の刀を弾いたところだった。

「…………勝手なことしてんじゃねえよ、唐紅(からくれない)

低い声に、青柳は小さく悲鳴をあげた。付き合いのある団も、ここまでの鮮美は未だ見たことがない。

「あら、体調がよくなったの、どうしてだと思ってるの?」

きっと睨み付けたのだろう。鮮美は大きく踏み込み、薙ぎ払った。

唐紅と呼ばれた少女の黒髪が散る。

「お礼言われるのならともかく、いきなりきりつけてくるのはないんじゃない?」

後ろに飛びすさりながら、唐紅は刀を拾い上げた。

そこに鮮美が刀を降り下ろす。唐紅が両手持ちで刃を斜めにして受け止める。

「……!」

勢いのまま打ち込んだ鮮美は、体制を崩した。

そこへ斬りかかる唐紅の姿に、鮮美がやられると思った。

なのにあまりの激しさに身体が、動かなかった。




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