7ー5 願望と夢のはざま
鮮美は保健室に運びこまれ、結論は早退一沢だった。ここ最近は常連だったことに加え、人間関係は悪化の一途を辿っているときている。
「学校がストレスになっている可能性があります。それに、薬が家にあるとのことなので、すぐ自宅へ」
薬といっても気休め程度の牛乳がストックしているだけだが、そのあたりはいわないでおいた。
「それじゃ小原くん、鞄とってきてもらえる?」
「わかりました」
がらがら、ついでぱたぱたという音が消えたあと、養護教諭は鮮美に向き直った。
「病院、行ってないのね」
再三病院にかかることをすすめられたが、鮮美はのらりくらりとかわしていた。第一、行ってどうにかなる類いのものではない。
「…………まあ」
「あなた、死にたいの?」
その問いには、どうしてだか答えられなかった。
十数分後には、鮮美は久世先生の愛車で自宅へと送り届けられていた。
「十分気をつけて」
「はい、ありがとうございます……」
「それじゃあ」
といいつつ、自宅に入るまでは帰らないつもりらしい。
手間取ったかがちゃがちゃと鍵をあけてみる。
閉まっていた。
いぶかしげにしていると、久世先生が近づいてくる。
「どうしたの?」
「ー…鍵が、」
それだけで、理解したようだった。
「ここ、警備会社に入ってるのよね?」
「いえ、最近は契約解除して……」
それが先日までいた居候のためだったとはいえないが、久世先生のお怒りを買うのには十分だった。
「あなた、女の子の独り暮らしなんだから……」
といいつつ、携帯電話でどこかに連絡をとろうとしている。近くの警察署だろう。
鍵のかけ忘れかもしれない。ともかく早く家に入って寝たい。
だから鍵をもう一度あけ、当然のようにドアをあけた。
血の臭いがした。
土足のままで廊下へあがる。
誰かが倒れている。流れている血の量からして、生きてはいない。
墓標のように突き刺さっているのは、一振りの日本刀。
「ーーーーあ」
視界はブラックアウトした。
「目が覚めた?」
真っ白い部屋で目を覚ますと、傍らには久世先生がいた。
「……はい」
「なら、明日にはきっと退院ね」
「退院……」
「あなたの家で、遺体が見つかったの。鮮美さんはそれを見て、失神して、病院に運ばれたのよ」
脳裏に赤が蘇る。あれは、夢ではなかったのか。
「ひとまず藤和病院で様子見。ショックからの失神だから、明日には家に帰りましょう?」
「あー、現場検証とか、大丈夫でしょうか」
現実的な突っ込みを入れると、久世先生は初めて顔を曇らせた。
「鮮美さんが暮らしていた家は戻れないわ。私のところにしばらく来て」
現場検証が入るなら、ホテル暮らしをすれば済む。幸い駅前にはビジネスホテルが一軒営業中だ。
「………現場検証だけじゃなくて、マスコミとかが来てたり、はたまた、容疑者扱いされてたり、ってことですか」
「……そうね、少なくとも、あなたの家はもう前のような環境じゃない」
「あー、ご近所さんに申し訳ない」
空気を柔らかくしようと。市ヶ谷にならって軽口をたたいてみた。
一時だけ重さを忘れたが、根本的な解決にはならなかった。
夢は終わり。現実からはもう逃げられない。
「……わかりました。しばらく久世先生のところでお世話になります」
「……いいのね」
やだなあ。ここまでの状況になって、上から指示されたこと、聞かないわけにはいかないじゃないですか。
そんな無駄口は叩かないことにした。
「久世先生のとこならいいです。どうせ事情聴取だったりマスコミ対策で、学校にも行けないでしょう?」
「…………そのつもりでいて。今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでね。面会謝絶だから、誰もこないわ」
先生は小さく手をふって、病室から出ていった。
先生が出ていってしまうと、白い空間は無音になる。テレビもラジオもないものだから、情報収集もできやしない。
それにしても、あの遺体は、おそらく藤商の生徒だ。
それも、前に因縁のあった3人組。それが因縁をつけた相手の家で死んでいるのだ。疑われなくてなんだというのだろう。
失神して体力を回復したからか、だるい以外は正常だ。けれどもう少し眠りたい。
姫島幸佑が目を覚ましたという知らせは、病室に人を呼び込んだ。
制度指導の那須先生や、立木先生、そしてなぜだか。
「姫島さん、復活おめでとうございます!」
報道同好会の3人組も来た。
「これ、お祝いのカットメロンです」
「カットパインです」
「フルーツグミです」
「………とりあえず、そこ、置いといて…………」
テンションの高さ、特に市ヶ谷の、についていけず、幸佑は頭を抱える。
「で、どうしたの?」
「えー、用がないと来ちゃいけないんですかー?」
こちらは少し前まで意識不明だった患者だが。
「先輩の顔みたくなって、来ちゃいました」
にこにこと返す吉村に、幸佑もやや軟化する。
「どうしても理由が必要なら」
紅一点が髪を揺らす。
「会いたいっていうのも理由になると思います」
ポカンとしたが、ああそうか、とひどく納得した。
「だって僕たちに編集ソフトからなにから、教えてくれた先輩ですもん」
吉村の言葉に、自分に会いに来てくれた実感があらためて沸いてくる。
「ってことで、階段落ち前の話を詳しく」
「おまえはやっぱりそれか!」
少しばかり見直した自分を殴ってやりたくなった。