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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第7章 もう一度
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7ー4 階段から踏み外して

その日は少しだけ、視線が和らいだ日だった。相変わらず立場は微妙だったけれど、姫島幸佑が意識を回復したからだ。日頃彼と交流がない生徒も、その知らせには嬉しそうだった。また、疑惑の女子高生、鮮美深紅にとっても、状況が好転する一日となった。

彼は鮮美深紅に突き落とされたことはありえない、と言ったのだ。

二つくくりの女の子に、自分は突き落とされたのだと。

これにセーラー服を着ていただとか、いろいろと尾ひれがついて、不審者の線が定説になりつつあった。

おかげで朝練禁止はまだとけないし、屋上前は立ち入り禁止のロープがはられた。

だけど、小原団はあいもかわらず接してくるし、姫島幸佑も、ぎこちないながらも接してくれる。

周りの環境は変わったけれど、大事にしていたものはそんなにも変わらなかった。

だから次こそは、大切にしようと思った。



「もしもし」

団の入浴中に、知らない番号から電話がかかってきた。非通知は拒否しているので番号通知。局番は市内だ。

「鮮美です。これ、姫島くんの携帯であってる?あと、時間大丈夫か」

ぶわりと全身の毛が逆立った。からからの声で、少しだけなら、となんとか返す。

「番号は、今日屋上前で、姫島くんが倒れたときに控えた。……今日はごめんね」

無言でも相手は話すことがあったのか、電話の相手は続けた。

「姫島くんは、もしかして、あの神社のひと?」

そうして彼女は父方の実家を口にする。

「……そうだけど」

「じゃあ、視えたり祓えたりはする?」

公にはしていない、霊的なるものの対処をする稼業。なぜだか彼女はそれを知っていた。

「……残念だけど、僕はそういう力はないよ。それに、少し前に廃業したから」

こういえば打ち切れるだろうと思っていたら、案外そうはいかなかった。

親友が大事に思う人は、ある夢を口にした。

「……あたしは、姫島くんを傷つけた。このままだと、自分の知らないまま他の人も傷つけそう。だから、古くからその稼業をやってる姫島くんの力を借りたい」

それがなぜだか切羽詰っているように聞こえて、なぜかオーケーをしてしまった。

明らかに訳アリ  なのに聞いてしまったのは、いつも飄々としている彼女が本気だったからに違いない。



紙パックの牛乳を休み時間のたびに飲む。それでもくらくらふらふらする。

赤のチョークは目に染みる。赤いボールペンも使えない。誰かの赤い筆箱は、視界に入るだけでぶん投げたい。

認めろよ、と自分のなかで声がする。もうとっくに日常生活はできないレベルになっている。少し前から、赤信号で傾向は出ていた。いいや、血を彷彿とさせるシチュエーションで我を忘れ、微かな血の匂いでも目の色を変える。こんな人間がいていいはずはない。

だが、認めたくないと叫んでいる自分がいる。

誰にも邪魔されてなるものか。生活を壊されてなるものか。

本能に身を任せると全て崩れるのはわかってしまう。

今月一杯の命というならそれでもいい。それでもいいから、最期までは人間で。

「おーい、鮮美~」

誰かが呼んでいる。顔をあげると、ややしかめっつらの国語科教諭がいた。

「ここの部分読んでほしかったんだけと、顔色悪いなー。保健室行った方がいいよ、委員、連れてって」

誰かが体調を崩したら、付き添いとして同性の保健委員が連れていく。しかし、今日は女子の委員が休んでいた。この場合、学級委員か副委員だが、彼らは目を伏せている。

自分でいくしかないと席を立ち上がりかけたら、もう一人も立ち上がっていた。

「あー、小原、保健委員だっけ、よろしく」

「はい」

アイコンタクトをされ、鮮美はふらつきながら教室をあとにした。

廊下に出た瞬間、肩を貸される。

「鮮美、かなりひどそうだけど、歩けるか?」

頷こうとして、足が動かないことに気がつく。小原もなにかを感じ取ったようだった。

「……嫌かもしれないけど、ごめん」

小声で謝られて、次の瞬間からだがひょいと浮き上がった。

お姫様だっこというやつだ。

重くはないかなーなど考える暇はない。ここまでの不調は、自分の終わりが予定外に速いことを意味している。

「ちょっとここで座って待ってて」

階段にゆっくりとおろして座らせると、小原はハンカチで額の汗をふいてくれた。

「はい、よかったら使って。すぐに久世先生呼んでくるから」

そう言って、彼は一目散に保健室へと走っていく。

拒絶しても、やっぱり欲しかった。

離れていかれるのは辛かった。

迷惑をかけてごめんなさい。振り回してごめんなさい。

弱気になっているのは、慣れない制服を着たせいだろうか。

女物の制服を。

それにしても、離れようとして、しかしそばにいたがる自分はイカれている。

もう少ししたら完全に消えるから、せめてあと少しだけは、このままでいさせて。

ぱたぱたと階下から声がする。

白い担架が見えた。



姫島幸佑の隣には、セーラー服の少女がいた。

「…………君は」

なんとか問いかけるも、少女は笑ったままだ。

「通りすがりの吸血鬼、かな?」

にこにこして、短刀を振るわれそうになる。

殺される、と思いながら目をそらせなかった。

しかし、少女は笑った身をひいた。急激的すぎて、バリアーかなにかができたようだった。

「うわー、あんな、あの神社の縁者かー。それは攻撃できないのも無理ないね」

少女は納得したように刀を納める。

「ねえ、今日アザミとここで約束してるのよね?」

質問というよりそれは確認だ。

「……答えてくれないの、まあ、いいけど」

憮然とした様子で、彼女はステップを踏んだ。

「ただ、私の邪魔をするのは困るな」

「君の、邪魔…………?」

かすれ声に、少女は大仰にうなずく。

「そ。アザミに協力されたら、ものすごーく困る。あの子は私と同じだもん」

「同じ、って」

「人外?」

幸佑は震えながらも後ずさりする。このセーラー服は、明らかにやばい。

身の危険を感じるレベルではない。痕跡から消されそうだ。

「私もアザミも、見た目は人間だけど中身は違う。あ、アザミは容姿が整いすぎてるから、そのあたりも人間とは違うかな?あのこ、まだ半人前だけどね。これから一人前にならないと」

それは、吸血鬼の、とかいうやつか。

「だから、アザミに余計なことしてもらったら困る」

気づいたときには背中から投げ出されていた。

一回、二回、衝撃を感じて、体に響く音を聴いた。

誰かが階段を上がってくる音。そして、びたりと止まる音。

次に、セーラー服のスカートがはためいて。

「サヨナラ」

耳元でそう囁かれ、姫島幸佑は階段から突き落とされた。

犯人は笑いながら空気と同化していく。上座には、約束していた待ち合わせ相手が目を見開いて立ち尽くしている。

あれは、だめだ。

あれは、死ぬ。

相対してはじめてわかる。

あれは人のかなう領域の存在ではない。




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