7ー2 戻れないね
姫島幸佑は身体に重みを感じながら、パソコン部の部室のドアを開けた。部室といっても校内のパソコンルーム。鍵を使えば簡単に突破できる。
内側から鍵をかけていた3年生たちは、みな一様にびくりとしていた。
「……先輩、お久しぶりです」
「お、おう、姫島か」
「久しぶりだな、学校受かったから遊びにきたんだ。1年はいないみたいだけどな」
やや慌てながらも、不自然ではないやりとりが始まる。
そんなものは、言い訳でしかないのだと、わかっているのに。続けようとしている自分が未練がましい。
「………なにされてたんですか? 」
「ゲームだよゲーム!みんなでやると楽しいし」
「そうそう、西方プロジェクト」
ここまで予定調和だと、ある意味悲しいと、幸佑は思う。
「……西方は、先輩がたの引退後にアンインストールしてますよ」
3年生の動きがぴたりと止まった。
「パソコン部は、報道同好会と協定結んで、一時期編集ソフト入れて紙面の編集させてましたよね?それと、卒業アルバムに使えそうな写真があるかも、という理由で、同好会が撮った写真データもパスワードをかけてこっちに保存されてる」
ただ聞き入っている姿に、なんの否定がないことも悲しくて、幸佑は一気に終わらせることにした。
「パスワード突破して、アイコラ画像でも作ってましたか?例えば、鮮美さんのとか」
一人が猛烈な早さでパソコンに向かい、一気に操作をした。画面にあられもない写真が写し出され、吐き気がこみあげてくる。
「…………!?」
3年生が行おうとしたリクエストは、受理されなかった。
「ダメですよ、先輩。ネット上に流出させようとしたら」
相手の顔を見たくなくて、幸佑は顔を伏せた。
「一時的に、インターネットの接続を遮断しています」
念には念を、との予防線だったが、まさか役立ってしまうなんて。その予想は外れてほしかった。
「失礼します、生徒会の木田です」
生徒会と書かれた腕章をかけ、生徒会書記の木田がずかずかと踏み込んできた。
「鍵かかってるのに部屋に電気がついてて不審だ、っていう垂れ込みがあったので、現状確認にきました。………いかがわしいもの、ありますね」
努めて無感動に発し、木田はデジカメで証拠物を撮影した。
「お邪魔します、報道同好会です」
物腰柔らかく入ってきたのは、市ヶ谷の影に隠れがちな部員、吉村だ。
「お話は聞かせてもらいました。画像編集ソフトを使われてコラ画像作られるなんて、思ってもいませんでした。多少はソフトで遊ぶのかなーとは考えてたんですけど、これはだめですよね、人として」
笑顔のまま追い詰める吉村に、3年生は尻込みする。
「ここにあるデータの削除と、私物の携帯とパソコンの引き渡し、してもらえませんか。そうしたら、報道同好会はこれを見なかったことにします」
「生徒会としても同じ意見です」
「……僕も、パソコン部を潰したくありません。言う通りに、してもらえませんか?」
言うことを聞くか否か。下級生を見回して思案しているようだったが、ふとそれはにやりとした笑みに変わった。
「見逃してくれっていうのはこっちの台詞だよ、木田さん」
木田は表情を変えないが、3年生は、構わず続ける。
「ワキタキワって名前、回文で面白いよね、木田さん」
弾かれたように後ずさりした。彼女はなにかに怯えている。
「悪い話じゃないと思うんだけどさあ」
震えだした木田に声をかけようとしたとき。どすどすとした音が近づいてきた。
「木田!マスターキーを無断で持ち出すなとあれほど……!」
乗り込んできたのは那須義武。泣く子も黙る、生徒指導部のボス。
「………お前たち、詳しく話を聞かせてもらおうか」
パソコン部の3年生たちは、敗北を悟った。
「ーーーー終わりましたよ、小原さん」
「そうだな」
科学部の根城、理科講義室。適当に理由をつけて部活を欠席した小原は、パソコン部で起きた事件を余すことなく聞いていた。
生徒会の所有するインカムとトランシーバーを木田が持ち出し、幸佑、那須、市ヶ谷、そして小原が使用していた。
「これで鮮美さんのデータも消えて、パソコン部も潰れて、あの先輩たちも処分おりるでしょ」
「たぶん」
「あー、でも小原さん現場にいなくてよかったですね。木田や吉村と一緒に様子を見に行く組だったら、相手に殴りかかってたでしょ?」
軽い調子で話を振る後輩に反論しようとして、自分が初めて拳を握っていることに気づいた。
「…………このプラン考えたの幸佑と、市ヶ谷か?」
「そーですね」
「俺待機してなきゃぼこぼこにしてたと思う」
「そりゃ好きな人のことでしょ?間接的にあんなことされたら、誰だってそうなりますよ」
市ヶ谷が下手な正義感を振るわなかったから、団は少しだけ救われた。
幸佑から電話があった日。市ヶ谷から連絡があった。
なにが起きるかは当日隠さず話すから、パソコン部には行かずに自分と待機してほしい、と。
幸佑と市ヶ谷の間でどのようなやりとりがあったのかは知らない。けれど、どうやらよからぬコラ画像が作られつつあることは掴んでいたらしい。
そこで、幸佑を皮切りに、生徒会の視察として木田、報道同好会の代表として吉村が説得にあたり、データを削除する算段をたてた。しかし受け入れられなかったので、あらかじめ情報を耳打ちしていた那須に乗り込んでもらった。
「ありがとな、ほんとに」
「いえ、いいですよ。その代わり、小原さんのお母さんにお話聞かせてもらえる件と、木田の件はお願いしますね」
そういえば、木田になにかがあった。恐らくはワキタキワという語句が原因だろうが、よくわからない。
「木田のやつ、事情があって1年ダブってるんですよ。中学卒業して、1年空白で、それでこっちに越してきたんでみんな知らないけど」
それは素直に驚く。本来なら団と同学年だ。
「ちなみに、和喜田希和っていうのが、前の木田の名前です。中学までは柔道でけっこう有名だったみたいで。あいつの名前も木田希和って多少記憶に残りやすいし、柔道関係だったらピンとくるでしょうね」
たぶん脅したのは中学のとき柔道やってた人じゃないですか?
市ヶ谷の推測に、普通の高校生活を送りたいという木田の願いが見えた気がした。だからこそ進学先に、柔道部のない藤和を選んだのかもしれない。
「俺は木田の噂を面白おかしく言うやつをシメる役回り?」
「いや、それも嬉しいんですけど、というかできたらお願いしたいですけど、一番やってほしいのはそこじゃないです」
撤収準備を終えた市ヶ谷は、鞄を背負って立ち上がる。
「これからも木田に会う機会があると思いますけど、知らないふりしてやってください」
「……でも、俺がここで聞いてること知ってるんじゃ」
「あー、じゃあ、変につついたり、過度に気いつかうのはやめてください。普段通りってことで」
「おっけ」
「お願いしますねー。それじゃ、お先ですー」
市ヶ谷は手をひらひらとふり、理科講義室を出ていった。