6ー11 「助けて」と 言葉にのせていなくても
一発ずつ、力の限りうちすえたときだった。
「おまえ、そんなことしていいの?」
よろよろと一人が鮮美の首筋にナイフをかざす。殺しはしなくとも、傷つけることに抵抗はないようだった。
まだ怒りはおさまらないが、感情のままに動けば望まない結果を招いてしまう。
「てめ」
「この女を痛い目にあわせたくなかったら、ちょーっと付き合えや」
竹刀を地面に置くように指示され従うと、容赦のない蹴りが飛んできた。
「ったくいいところだったのに」
頭を踏みつけられているようだ。鮮美がこんな目にあうのでなければ、今の状況にも耐えられた。
しかし、二人がかりで殴る蹴るとされていて、残る一人は鮮美から離れない。自分が見ている前で、鮮美が傷つくのかもしれない。
こんなときに幸佑がいてくれたら。もっとスマートに解決していた気はする。
「ちょ、小原さん!」
「なんだ岩砂」
「早く止めないと!」
「その必要はない」
パシャリ、という音とともに、まばゆい光が辺りを一瞬照らした。なぶっていた3人は動きをとめる。
「うわ~リンチの現場撮っちまった」
軽薄さを演出しながら、一眼レフを首から下げた男子生徒が姿を現した。マスクで口許を覆っているものの、市ヶ谷だとわかる。
「ねえ先輩がた、どうしましょう?」
目で笑った市ヶ谷に、3人組はナイフを突きつける。またも軽快な電子音が鳴った。
「そういうことしないほうがいいと思いますけどね」
小型のデジカメを持った女子生徒。マスクをしているが木田だ。レコードモードで動画撮影をしていたのだろう。
「全部撮りましたから」
「というわけでこのまま退場してくれません?」
団がその隙によろよろと立ち上がり、精一杯早くサインを送る。木田はアイコンタクトを受け鮮美の介抱に向かった。
「そのネクタイの色、制服が変わってなかったら藤商業の3年生でしょ?進路は就職ですか?もう内定出てますよね。どうします?さっき撮ったやつ公表して、また就職活動します?」
市ヶ谷の脅しに、藤商業の3年生達はひるんだようだ。しかし目配せしあうと、一年二人に向き直る。
「元空手部と元柔道部が、ナイフ持ちと戦うのか~、先輩も助っ人お願いしますよ?」
「てめえ、なめやがって!」
あくまで軽口を叩く一ヶ谷に、3年生連中がキレているときだった。
「先生、こっちです!」
聞いたことのある女子高生の声が聞こえてくる。
「おまえら、なにやっとるんだ!」
怒号の主は那須だ。
藤商生はほうほうの体で逃げて行く。
「ちょっと待ってもらおうか」
進路を妨げたのは小原丈と岩砂だった。
「こういうものだけど、ちょっと話聞かせてもらえるかな?」
「那須先生、この動画をみてください」
その隙に木田は那須に動画を再生して見せる。那須の顔はみるみる般若のようになっていった。
「藤商業の3年だな、他校といえどもうちの生徒になんてことを…!」
「先生、警察としても傷害容疑で動けます」
「……あの~」
那須と岩砂が息巻いていたとき、遠慮がちだがはっきりと通る声がその場の空気をリセットした。
「……鮮美さんが、」
市ヶ谷に促された鮮美は、座り込んだままだが毅然とした表情でまわりを見渡す。
「……警察沙汰にするつもりはありません。進路が決まっていたら、それをぶち壊すことも望みません。だから、もう二度と近づかないでくれませんか。次に同じようなことがあったら、出るとこに出ます」
鮮美の言葉を咀嚼したのか、那須は大きくうなずいた。
「……わかった。だが事情は少し聞かせてもらうし、藤商への連絡もさせてもらう。小原さん、岩砂さん、すみませんが彼らを学校に連れていくのだけ手伝ってもらえませんか?」
「わかりました」
「お手伝いさせてください!」
「それからそこのマスク二人」
那須はカメラを抱えていた一年生二人に水を向けた。
「おまえたちにもあとで事情を聞くから残っておいてくれ。鮮美は保健室に寄って、そのあと帰れ。残った二人は部活だ」
大人は3人組を引っ立てていき、あとには学生が残った。
「鮮美先輩、大丈夫です……」
「へっくしゅ!」
青柳の言葉に木田のくしゃみがかぶさる。
「っ、ヴァー、さむい」
木田のセーターは鮮美にかぶせられていたので、ブラウス一枚だったらさむいはずだ。
「じゃあ私の……」
「いや、青柳は着てろ、寒いだろ」
団はジャージの上を脱ぎ、土を払って鮮美に渡した。
「…………」
「…………借りる」
鮮美は背中を向けて着替え、畳んだセーターを木田に返した。
「………んじゃ、俺たちは先に行きますか」
「……あとで、たぶん市ヶ谷のほうから連絡します」
「あ、木田俺に仕事振るなよな!」
「だって生徒会の仕事放り出してきちゃったしー」
「なにをー!」
「さー、戻ろ、あお!」
一年生3人組は、学校へと戻っていった。
あとには団と、鮮美だけ。
「……大丈夫か?」
「……一応」
痛々しい痕がみえるなかで、鮮美はそう返事をした。
「……まさか、小原がくるとは思わなかった」
「なんでだよ、助けるに決まってるだろ?…鮮美、たてるか?」
「ん」
引っ張りあげるようにしてたたせてやると、鮮美の軽さと血色の悪さに胸がいたんだ。
「ーーけっこう、疑惑の人だし。小原にひどいこといったし、だから助けてもらうなんて」
「そういう難しいこと考えなくていいよ」
ぐっと手を握り、団たちが日常をすごす世界へと戻る道を二人で歩いた。
「確かに最近の鮮美はわからない。けど気づいたら勝手にからだが動いてた。あのテニスボールが鮮美の声だって、なんでかわかった。そういうことだよ。理屈はあとでいいよ。俺はやりたいようにやっただけ。鮮美が危険な目にあってるなら、それを助けたいと思っただけ」
それは鮮美だけでなく、自分自身に聞かせる言葉でもあった。
鮮美のバックが道路に落ちている。団はそれを持ち上げ、かたにかけた。
「……って、ごめん、迷惑、だったか」
「ううん」
ぎゅっと手が握り返される。
「嬉しかった。小原がきてくれて、助けてくれて、嬉しかった」
そして彼女はまっすぐに顔を見て、笑った。
「ありがとう」
心臓がどくどくとおとをたてて、竹刀を取り落としてしまった。
「………竹刀!」
竹刀を拾い上げ、どさくさにまぎれて繋いでいた手を離す。
「小原」
「……なんだよ」
「あたしは誰も殺していない」
彼女の声と表情は真剣そのものだった。
「信じてなんて言わない。信じてもらうだけのことをしてないから。ただ、もし、もし小原が」
「明日の朝!」
団は一人先を歩き出す。
「そのジャージ、明日の朝返して。迎えに行く」
「…………わかった」
鮮美らしからぬ歯切れの悪い言いかた。そしていつになく嬉しそうな声。
調子が狂って仕方がない。鮮美のいいかけたことはなんとなく想像がついて、その答えは今の団には決まっていたから食いぎみに話をまとめてしまった。
きっと結果オーライだ。
「そうだ、鮮美。今日の昼休み言われたことだけど、そういう関係じゃないから」
「ーえ?」
「昨日みられてたなんて全然しらなかった。けど、俺と青柳は、ただの先輩後輩だから」
ーー彼女さんと仲良くね。
そうささやかれたときは、ドキリとした。
彼女という響きにもだし、隣を歩く特別な存在のことをあらためて考えると、一人しか思い浮かばなかったからだ。
「そっか」
いつのまにか鮮美が隣に並ぶ。久し振りに二人でならんで歩いた。
「あーもう遅いですよ~」
校門前には、市ヶ谷と青柳が待っている。
「俺は部活あるから遅くなるけど、気を付けて帰れよ」
「うん、ありがと。小原も気を付けて」
「また明日」
「うん、明日」