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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
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6ー10 「助けて」と 言葉にのせるのは

一番乗りだと思ったら、道場には先客がいた。

「こんにちは」

「……おー」

青柳の挨拶におざなりな返事をしてしまう。演技ができたら楽なのになとしょうもないことを考えた。

「まだ、だれもきてないのか」

「はい、私のいるクラスは元々終わるのが早いんです。それに今週は掃除当番じゃなくて」

「そっか。俺も当番じゃなかったんだ」

「そうなんですね!」

普段ならこのあたりで誰かが入ってきそうだが、まだだれもやってこない。

「そうだ、昨日はありがとう」

「いえ………」

青柳がうつむく。これは一体


なんだろう。市ヶ谷や木田に青柳のことを聞いたとき、同じように信じられないものを見た目をされて、その理由はなんだろう。

「あの、さ……」

青柳に、おそるおそる呼び掛けたとき。

道場のガラスがけたたましく割れ、きらきらとした光が降ってきた。




「じゃあ帰ります。ありがとうございました」

「はーい、気を付けて帰ってね」

鮮美はのびをすると、あらかじめ持ち込んでいたカバンを肩にかけ、保健室をあとにした。ショートホームルームも終わり、校内ががやがやとしてきた時間。今日から部活も再開されることだし、掃除が終わりかけ、運動部が外周を始める前には帰りたい。

靴箱にはうまい具合に人がいない。

そう計算したら、案外帰路についている生徒はいなかった。計算が正しくてほっとする。目を凝らしてみると校門前でたむろしている生徒が何人かいるくらい。これくらいなら許容範囲だ。

いつものように校門を出た。最近は一人で抜けることも慣れた。学校前の道路を行き交う人の姿がないのもいつものことで、すぐ右に曲がって進んでいくだけのことだった。

「……っ!」

力強い腕に口を塞がれる。

腕をつかまれ、抵抗できぬままに引きずられていく。

線路下の小さな空き地に連れ込まれた。外周コースになっているが、太い柱が邪魔をして、誰かが走ってきたとしても目撃されそうにない。

打ちっぱなしコンクリートの柱に体を押し付けられる。なんだかデジャヴを感じると思ったけれど、あのときの相手は信頼できる人物だった。しかし今回は違う。藤和とは別の制服を着た、男子高校三名様だ。しかも全員大柄ときている。

「おまえ、2年の鮮美深紅だろ」

「そうだ、女だけど男の制服を着てる藤和生なんて、お前くらいのもんだ」

「なんとか言え」

三人が口々に言うなか、竹刀か刀があれば黙らせてやるのに、と考えていた。

残念ながらどちらも手元にはない。

「だとしたら、どうする?」

へらりと笑いながら答えたのが気にさわったのか、重たい一撃が腹にきた。

腕を押さえつけられていなかったら、地面に伏していたはずだ。

「なんの用だ、じゃねえよ。おまえマサを突き落として殺したろ」

突き落とす、の部分で姫島幸佑を思起した。いや、違う。

「そうそう、ばーっときって、そのあと突き落として。おまえのおかげで葬式はマサとまともにご対面できなかったよ」

「落とし前つけてもらうぞ」

ああ、マンションから突き落とされて殺された高校生の報復か。

どういうわけか自分にたどり着き、お礼参りの真っ最中だというわけだ。

「……そのマサって人?殺してなんかないけど」

「しらばっくれるなや!」

今度は顔だ。大きな手から繰り出される一撃はやはり重い。

「マサはおまえを好きだったんだ!竹刀で叩きのめしたんだろ?」

「それでもまだ好きだったんだ。それをおまえは」

「殺したんだろ!?」

言いがかりもいいところだ。それに竹刀で叩きのめすまでのことをしたというのは、ストーカーもいいところ。

殺されたのは悲しいことだが、自分が痛め付けられるいわれはない。

「マサだけじゃねえ、通り魔。おまえだろ?」

「………は?」

「は、じゃねえよ!」

髪をひっつかまれて、また頬のあたり。地面に倒れて、踏みつけられる。うつ伏せに倒れこんだ視線の先に、古ぼけたテニスボールが転がっていた。

ああ、痛い。身体中が痛い。こんな思いをするのは何年ぶりだろう。

小学校でキレイだからと目をつけられたとき、中学で男子生徒から集団で向かってこられたとき。いずれもこちらの勝利や相打ちなど、少なくとも負けたことはなかった。痛かったけれど。

けれど今は武器がない。武器がないと、もう勝てない。

「最近いつもくっついてる野郎がいないからな、都合がよかった」

そう、高校に入学してからは、こんな思いをしたことがない。

それは自分が守られていたから。影に日向に、守っていてくれたから。

鮮美は古ぼけたテニスボールに手をのばし、冬服のジャケットの内ポケットに入れる。そこにあった機械をかわりに手に持った。

「これだけですむと思うなよ?」

首だけを動かしてみると、彼らは手にナイフだったり小型のビデオだったり、さるぐつわになりそうな布やロープを手にしていた。

なんとなくいやーな感じの予想はつく。ゲスいが効果のあるやりかただ。

だが、修羅場をくぐった経験値が低いと思うな。

「誰が、このままやられてやるって言った?」

陸上のピストルが鳴る合図を頭でイメージした。素早く起き上がり、一人をスタンガンでひるませる。

「ヤス!」

仲間がやられたことに気をとられている間に突破。

「てめえ!」

金網と人気のない道路が続く。校舎を囲う屏はとっかかりがなく越えられない。正門までの距離が遠い。腹パンをきめられた腹部が悲鳴をあげる。

「待て!」

声が思ったより近くで聞こえた。ペースを考えると、正門までたどりつけない。場所は剣道場近くだった。

もし誰かがいたら。いなくても、なにか気づいてくれたら。

鮮美は走るのをやめ、テニスボールを思いきり投げた。

「このやろ!」

ボールが敷地内に消えるのと、捕まるのはほぼ同時だった。

さるぐつわをかまされ、担がれるようにして運ばれる。

届いていたらいいなあと、鮮美は願った。



「大丈夫か!?」

「は、はい、私は、大丈夫です……」

「!ご、ごめん」

道場にテニスボールが跳ねるなか、団は青柳の体から飛び退いた。ガラスはまっ逆さまに青柳の頭上に降ってきたのである。飛びついて直撃は避けられたものの、細かい破片は服の上についているし、周囲に撒き散らされている。

「先輩は」

「俺は平気!」

と言いつつ、飛び退いたときに破片を踏んづけたような気がするが、たぶん気のせいだ。

「それにしても、テニスボールなんて……テニス部の暴投でしょうか」

「いや、それはないと思う。テニスコートの位置的におかしい」

ボールはすでに勢いをなくし、転がることをやめようとしていた。

裏には人気のない道があるだけだ。一体誰がそんなところでテニスなんか。

「……………」

「小原先輩?」

退色していて砂まみれ。こんな古いボールで、テニスをするほうがどうかしている。

「悪い青柳、2年が来たら俺のカバンあけて練習メニューみて指導するようにいっといて」

「え、先輩」

竹刀を持ち、団は一目散に駆け出した。

そうだ、あれは投石と一緒だ。いたずら目的なら、わざわざ生徒の多い時間帯にリスクを犯して投げない。それに剣道場という目立たないところは狙わないはず。これはサインだ。あえて人がいそうなところを見計らっての。

もしくは、剣道場には人がいるから投げ込んだ、SOSのサイン。

ーー声を出すことはやめたんだ。

いつかの帰りに、彼女はいった。

ーー声をあげて助けてくれたことで、またいろいろ嫌なことがあったから。

だから自分で返り討ちをするようにしたのだと、笑って言った。

「あれ、小原せんぱ……」

生徒会らしき二人組。

校門で話し込む帰宅部。

気にもとめず、校内履きのまま走った。

「鮮美……!」

正門を出て左側。道路にはボストンバッグが打ち捨てられていた。まだ遠くにはいっていないはず。

団はなめるようにあたりを見渡した。

ーーかすかに、音が聞こえた。

静かに静かに、そちらへと近づいていく。煌めく光が見えた。

「おい!」

たまらず団が飛び出すと、ぼろぼろになった鮮美が見えた。かろうじて血はでていないものの、制服はところどころ裂けている。

「おまえら、なにやってんだ!」

叫ぶと蹂躙者達は団をみやり、にやにやと笑った。鮮美は苦しそうにしていて、突如現れた団を凝視している。

「なにって、みりゃ、わかるだろ?」

竹刀を握る力が不必要なほど入る。

汚されてなるものか。傷つけさせてなるものか。

団は竹刀を握り、憎い相手へと飛びかかった。


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