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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
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6ー9 無知と無自覚はきっと罪

チャイムが鳴って礼か終わるかという頃。すぐに鮮美は教室を出ていった。瞬間移動をしたのではないかと思うほど素早い。

藤和の教室で、鮮美は孤立していた。授業でも当てられることはほとんどない。事件前と変わらないのは、団の知る限り那須先生と花先生くらいのものだ。今までの貯金があったからか、鮮美に直接何かをするということはなかった。出ていった途端にやかましく噂をする。

あるのかないのかわからない報復を恐れているのかもしれない。

幸佑に忠告された、浮くな、ということ。きっちり守っているとたまらなく苦かった。

「鮮美……」

図書室前の廊下、背後から声をかけると、振り返らないがぴたりと止まる。

人違いではない。見慣れた、男子の制服を着用している唯一の女子生徒。

「どういう風の吹き回し?離れていったんじゃなかったの」

それに答える返しがみつからない。

「話変わるけど、部活再開おめでとう。オレはまだ休むから」

それが謹慎期間があけないのか、自主的なものなのか、那須先生にきいても教えてくれない。振り返った鮮美の目は、少しだけ赤かった。

「そうだ、昼休みのあと保健室行くから先生に言っといて」

すっとすれ違い、団はひやりとした風を受ける。

「…………」

「…………!」

囁いた言葉は、聞き間違いだと思いたい。追いかけることもできないまま、団は立ち尽くしていた。

姿が見えなくなった後、朝方入れた約束を思い出して、団は食堂へと向かった。



「小原先輩、こっちです」

主に男子生徒達でがやがやとうるさい食堂のすみ、女子生徒が手招きした。報道同好会の木田だ。セミロングの髪をうっとおしげに伸ばした一年生。テーブルの角に行くと、斜め向かいに座る。席にはすでにトレーがあった。

「天津飯でいいですか?」

「ありがと、いくら?」

「350円です」

「了解」

ひょいとつきだされた手に小銭を握らせると、木田は小さな目で過不足がないか確認していた。新しく生徒会の書記をつとめるはずだが、彼女の羽織っているこげちゃ色のセーターは校内指定のものではなかった。細身の体に、ただでさえ大きめのセーターがもごもごとしている。

「確かに」

団が正面へと移動しようとすると、そのままで、というサインがあった。

「噂になりたくないですし、あんまりやりとりしているところ、見せたくないですから。このままの配置で。あんまりこっちのほうを見ずに話してください」

男女が一人ずつ、用もないのに話していれば、それだけで彼氏彼女と言われてしまうことがある。それが学校生活というものだ。みんなで観察しあわなければならないほど、日常は刺激に過敏になっている。

「わかった。……それで、青柳の情報だけ」

重量は軽いが容赦のない蹴りがテーブル下で団を襲う。思わず悶絶してしまった。

「……固有名詞とか情報とかあんまり言わないでください。こんな人の耳と目が多い場所で」

細い目をさらに細くして、木田ににらみつけられる。冷たい美人系を崩した感じだった。

「市ヶ谷に別件が入っちゃってすみません。けど、ちゃんと頼まれたことは話すので」

木田が天津飯を口に運んだのを見習い、団も同じ動作をした。

「……あのこは、見た目通りすっごく真面目で、大人しいです。係りの仕事は頼まれたら断れなくて、得するよりは損するタイプ。だけど狭く深い友達はいて、交遊関係は良好です。聞き上手で、自分からはあまり話すタイプじゃないですね。ザ、文化部って感じだから、剣道部にいるってことを話すと、みんな驚きます。ちなみに体育で見てる限りは運動がそんなに得意じゃないです」

ここまでの情報は、団が剣道部で常々感じていたことと同じだった。

「悪用しないって誓約もらえるなら、住所も教えますよ?西藤井のーー」

返事を待つまでもなく団の耳に情報が入ってくる。これは初見でも訪問できそうだ。信頼されている証としてありがたく受けとっておく。

「ただ、うだれ弱そうにみえて、強いですよ。落ち込んだりへこんだりしても、そういうことは多いけど、また立ち上がって諦めずに向かっていくんです」

まぶしいものでも見るように、木田は視線をすべらせた。団がつられてみると、そこには報道同好会の連中二人と、青柳の姿があった。

「あ、小原さんの情報、近いうちにくださいね。三人のうちだったら誰に預けてもいいんで。ちなみに空欄は否です」

「りょーかい」

朝押し付けられた個人情報記入の紙束。逃げ切ったと思えば甘かった。この3人のチームワークはただ者ではないのだ。一人しったら三人の知るところとなるのだろう。

「もう大丈夫ですか?」

お互いの天津飯は、すでに空になっていた。木田がコップに水を注ぎながら、団になんともなしに聞いてくる。

「そういえば付き合ってる人とか、好きな人とかいるのかなあ」

「……誰がですか」

「青柳」

ずいぶん長いこと水を注いでいる。と思ったら、コップから水があふれていた。

「ちょ、こぼれてる!」

放心状態の木田にかわって、テーブルの後始末を行う。木田はまじまじとその様子をみつめていた。

「あー………。逆に聞きたいんですけど、小原先輩からみて青柳に彼氏か好きな人か、いると思います?」

その言葉に思い返すも、彼氏の影はかけらもみられない。好きな人という部類では、これもやっぱり。

いや、ちょっと待て。昨日のアレはなんなのだろう。

誕生日プレゼントをもらって、その前には口実つきだったとはいえ遊びに誘われて。幸佑が倒れた日には途中まで送ってもらっている。

そもそもは、自分はどうして同好会の連中に青柳のことを聞いたのか。

「あの、木田、さん」

「はい」

「青柳の交遊関係ってどうなの?特に異性とか」

「基本的に部活以外だったら話す機会もないんじゃないですか?休み時間も同性同士で話すことがほとんどですし。唯一の例外が私たち同好会ですね。私と青柳は仲いいこともあるし、風紀の青柳が違反しまくってる市ヶ谷に注意いれてるのも日常茶飯事だし」

そして剣道部でも、同級生の男子部員とはさほど仲がいいわけではない。

「小原先輩、これは純粋な興味なんですけど、どうして同じ部活の青柳のこと、私たちに聞くんですか?」

それは。

それは。

予想もしなかった行動に出た青柳のことが知りたかったから。なにを考えているのか知りたかったから。

なぜだか、もっと知りたいと思ったから。

それを音にのせて伝えるには、なにかが足りていなかった。

「……すみません、出すぎた詮索しちゃいましたね。忘れてください」

沈黙を怒りととらえたのだろうか。木田はトレーをもって立ち上がる。団も連れだって、空になった皿を返しにいった。

「ありがとな。またなにかあったらよろしく」

「はい。ただ、今度は安くないですよ?あのこ、友達ですから」

木田はトレーを返し終えると、足早に同好会連中のところに向かっていった。

「あお~!」

「きーちゃん!」

花が咲くような笑顔が見えた。混じってみたいという思いがなぜだか浮かんだ。

だが次の授業のこともある。団はそっと食堂を出た。

「あれ、どしたのあお」

「今、小原先輩がいたような……」

「え、気のせいじゃない?次体育だしそろそろいこっか?市ヶ谷、吉村、また」

「おー」

「はーい」

女子が二人去ったあと、吉村は隣の相方を盗み見た。

「じゃ、いっちーの案件手伝うよ。また大きいやつ取ってきたよね。詳しいことは放課後つめよ」

事も無げにそう言い、憮然としたままの相方の肩を叩くのだった。


「久世せんせー、今日もお世話になります」

「はーい、体調不良、心の不調、ね。いつものところあいてるわよ」

養護教諭の久世は、保健室の常連となった鮮美深紅にベッドを指し示した。

「ありがとうございます」

ごろりと横になるのを見計らい、久世は仕切りのカーテンをしゃっとしめる。白い部屋のふかふかのベットで丸まって眠る姿は、庇護欲をかき立てられた。

「久世せんせー」

「なあに?」

「最近は貧血気味なんですけど、レバーのほかにいいやつってありましたっけ」

「ほうれん草ね」

「ありがとうございます」

すうっと寝入った生徒のほうを、久世はみつめていた。

日に日に生気がなくなり、保健室に入ると倒れこむように寝てしまう。

何かの病気の可能性があると、久世の経験が警鐘を鳴らしていた。

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