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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
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6ー7 こんなにも苦しいのなら

どうやって帰りついたのかは覚えていない。それでも日が暮れるまでには、レナとともに自宅へと戻ってきていた。

「アザミー、買ってきたもの冷蔵庫に入れないと」

そんなのは後でもできる。夏場ではないしナマモノもすぐには悪くならない。スーパーの袋を放りなげ、鮮美は固定電話の受話器をとる。

指が覚えている番号を途中までプッシュして、8番目を押すことを躊躇した。

一体自分はなんのために話をしようというのだ。

突き放したのは自分だし、拒絶したのも自分だ。頼らないと決めたのも自分だ。

だから、こんな自分に愛想を尽かして気立てのいい可愛いらしい女の子に惹かれていくのも、健全な男子高校生なら普通のことだ。

「もうー、入れとくよ?」

受話器を置く。そう、これできっと正解だ。

もしこのまま衝動に任せても、今日あのやりとりをしたあとだ。奇跡的に電話をとってくれたとして、一体何を話したらいい?どんな調子でいればいい。だってきっと、全部番号を打ち終えても、言葉なんて出てこない。

「それにしても、お似合いだったね。あの女の子、青柳ちゃん?磨けば光るんじゃないの?キレイ系じゃないけど好きになるヒトは多そう」

鮮美は雨戸をがらがらと閉めた。部屋は暗くなる。

「ったく、今日は牛乳八リットル?血液飲めば一発で解決するのにーー」

家具の一部として同化していたそれを、掴みとって鯉口を切った。

フローリングの床を大きく踏み込んで、躊躇なく鞘を棄てた。

「……踏み込みが甘い」

衝突音のあと、片手に持った短刀でぎりぎりと鮮美の居合いを防ぎ、レナは呑気に評した。

「このご時世に足袋をはけとは言わないけど、せめて靴下かな。タイツやストッキングはこの床だと滑るよ」

鮮美は鞘を拾いあげて刀をおさめると、短パンを床に落とし、黒のタイツを脱ぎ捨てる。そしてボトムをはきなおすと、振り返り様に刀を抜いた。

「アザミ、居合いの勢いと威力は結構だけど、服を着替える時間、本来はないから」

返事をせず、鮮美は幾度も刀を叩きつける。袈裟斬り、逆袈裟斬、突き、ふりおろし。それらをレナは受け流していった。

「もう~ストレス解消なら素振りで済ませてよー」

大振りになった剣筋を読み、レナは鮮美の背後にまわる。

「誰のせいでこんなこと!」

「おっと」

レナはリビングダイニングから逃亡し、ドアを叩きつけるように閉めた。

「おまえのせいであたしの生活はめちゃくちゃだ!」

蝶番が外れるかというほど乱暴にあけ、鮮美は玄関前の広い廊下で斬りかかる。

「私のせいにしないでよ、これただのやつあたりだよ」

「……っ!」

「ほら図星」

かわし続けるレナに対して、鮮美はやたらめったらと刀を振り回していた。

「あたしは、ただ!普通の生活を!続けたかった!だけなのに!」

「おーいい戦いかた、もっと気をしずめて振ったら言うことなし」

「黙れ!」

語句を切るごとに剣を振り、そのたびに風を切る音がする。

いくつも刀傷が壁につくが、それは誰も気に止めない。

「もー、血の気たっぷりで危ないんだから~」

レナが逃亡のためか、玄関へと走り寄る。

「逃げるな!」

段差の大きい玄関に出た。位置としては上段にいる鮮美が有利。躊躇なく。殺すつもりで。一人は刀を振り下ろした。

きいんという音が鳴る。

「なに、逃げるなって言った?」

少女は傘立てから日本刀を引き抜き、鮮美を切り上げようとしていた。

無理矢理押し上げてひるんだところを跳躍し、レナはあっというまに階段の中腹に陣取る。獲物の長さがあまり変わらない以上、レナが圧倒的優位になった。

「逃げてるのはどっちよ、アザミミク。普通の生活が送れる身分じゃないって、とっくにわかっているでしょうに」

瞳の色を変えたレナは、日本刀を構えたまま鮮美を見下ろした。

「あんたはとっくに成人年齢を越えてる。今まで人間として普通に過ごしてこれたのが不思議なくらいね。いくら血からつくられている母乳の応用とは言え、牛乳飲んで血液接種の衝動を抑える?……笑わせないでよ。そんなんで一生やっていけると思ってるの?もし思ってたらとんだ世間知らずの甘ったれたクソガキだわ」

レナは刃の部分を指で挟み、力を入れた。小さな丸い玉の赤が出現する。

本当に小さなそれと微かな匂いの変化を察知し、鮮美の瞳の色が少しだけかわった。

「こんなんですぐ揺れるんだから、中途半端な覚醒はダメなのよ。さっさと覚醒しなさい。さもなきゃ人間としても私たちの仲間としてもどっちの生きたかもだめになる」

「………うる、さいよ」

崩れ落ち、両手をついた鮮美は床を見つめている。

「歳上の忠告は聞いときなさいって教わらなかった?一年前の家族の殺害現場で血の海見てるんだから、そのときから気づいてるはずよ、自分は人外だって」

「うるさい!!」

少女は外見年齢が自身より歳上の体調不良者を観察する。深く指を切ってから納刀し、口と目から液体を流している人物へと近づいた。

傷つけた人差し指を口許へ差し出す。

「飲んで」

ただ義務感のみを浮かべた表情と、余裕のない苦しみがぶつかった。

「ありがとう、レナ……」

ゆるい速度で柄が近づいてくる。じゃれあいレベルの攻撃を、レナはやすやすと受け止めた。

「でも、いらない」

震える声は中毒者のようだ。欲しがって欲しがって、からだの底から求めているはずなのに、いらないと強がりを言う。どんどん彼女の世界は壊れていってしまっているのに、それでも執着しているのだ。

「頭大丈夫、自殺志願者」

「とりあえず、人を殺してこいって言ったり、初対面で殺しに誘う中学生よりはまともな自信、ある」

レナは後頭部をおさえて鮮美の顔を床に押し付け、しゃべれないようにした。

「仕事じゃなきゃこんな半人前、助けるどころか殺してるところだわ」

ストレスを握っている刀にぶつける。

「真正のバカよ。もって今月一杯の命、血を飲む以外にどう延命させようっていうの?ねえ。それともあんたはなにもせず死ぬの?だから人を突き放してるの?」

自分で自分の世界を壊して、それでも壊れていく日常を捨て去りたくはなくて、自分の身も大切にしない。なんて、なんて破滅的。

だらりとしている鮮美の髪の毛をひっぱり、レナは顔を向けさせる。目は虚ろで、言葉が聞こえているかもあやしかった。

「アザミ、あなたが自分で覚醒するといったから、私は必要以上の手出しはしなかった。だけどこれ以上は待てないわ」

虚ろな瞳に光がもどる。

「それだけは、ゆるさない」

「どの口がいうの。嫌ならさっさと覚醒しなさい」

「…………もう、すこし」

バチンという音がした。鮮美の頬は痛みと熱を伴っている。

「まだ、引き伸ばそうっていうの?いい加減人間の暮らしにしがみつくのはやめなさい、いらいらするのよ」

レナはつかんでいた髪の毛を離すと、日本刀を一ふり持った。

「世話になったわね。少しあけるわ。あんたといたら吐き気がする」

「………………」

レナは家主を放置して、二階へと消えた。



午前0時。誕生日メールがいくつかやってくる。

期待していた人物からは来ておらず、そこが少し残念だった。かわりに夜に送った後輩からはメールの返事が届いていて、すこしにやりとしてしまう。

また明日。

その言葉を再度見て、団は眠りについた。




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