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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
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6ー6 気づかないで。やっぱり気付いて

思っていたよりあっけなく、鮮美の自由を奪うことはできた。剣道の腕は間違いなく強い。察するに今まで経験してきた、獲物を使う武道も強い。

しかし素手では恐らく分がこちらにある。

「鮮美は、ずるい。不安になるし、つかみどころがなくて、もうわからねえよ。結局、幸佑をどうしたの」

ダイニング近くの壁に押し付けて、団は絞り出すように聞いた。細い手首を押さえつけて、少し痛そうな顔をしているのに間近で確認したけれど、それは見ないようにした。

「……あたしが、言ったところで、それを小原は信じるの。今だって信じてないような状況なのに、ここで姫島くんを突き落としていないって言って信じるの?」

強い光を宿した瞳に、団はたじろいだ。

たしかに、ここで突き落としていないと言われて、今の団には信じられるだろうか。

結局のところ自分が期待している答えが欲しいだけじゃないのか。

「もうやめてよ。信じてるって言いながら信じてないのとか。そういうの」

言葉は真っ直ぐに突き刺さってきた。

「信じられなくなったことにどうこう言わないからさ、信じてるふりして側にいるくらいなら黙って離れていってよ」

他のみんなみたいにさ。かすれ声に、これが紛れもない本心なのだと悟る。

団は力なく鮮美から手を離す。偽善的な自分に嫌気が差した。

「……ごめん」

返事はなかった。幸佑の携帯を手に、団は部屋を出ようとする。

「その履歴見たらわかることだけど」

団が立ち止まり、鮮美も言葉を切る。

「姫島くんをあの朝あそこに呼んだのはあたし」

団がパスワードのかかっていない携帯を開くと、確かに着信履歴に鮮美の固定電話があった。

幸佑を家に泊めた日、時間は団が風呂に入っていたときだ。

「……一体、なんで」

「用があったから」

それは、幸佑を殺すことかと聞こうとしてやめた。やっぱり自分は鮮美をどこか信用していない。

「……起きたら姫島くんに聞いてよ」

それ以上は言いたくない。言外に鮮美の気持ちを感じ取って、団は見送られることもなく、鮮美の家を出た。途中、何人かの視線を感じたけれど全て無視して、駅を超えたショッピングモールに向かった。


「へえー、アザミも剣がないとただの人かー」

鮮美の背後にはレナが立っていた。確かに押入れに追いやったはずなのに、立ち聞きをしていたらしい。

「いつから…」

「あの男の子に制圧されたところくらいから? 」

きゃははと笑う様子に、唇を結ぶしかない。

「それにしても、あのメガネくんを自分で呼んでたなんてね、私にまで嘘つくの、水臭いじゃない」

「……そっちこそ、勝手に人の人間関係に首を突っ込まないでくれる?」

「アザミに不利益になりそうな人間は、消す。それだけよ?」

「勝手に手を出された困るのはこっちなんだけど」

「じゃあいい加減こっちがわにきてほしいんだけど?そうしたら犠牲も減るわ」

レナは薄笑いを浮かべ、短刀を突きつけていた。

「血液のかわりに牛乳飲んで、必死に発作を抑える努力は結構だけど、このままだとアザミは死ぬ。死ぬなら勝手にどうぞと言いたいところだけど、私にはあんたを生かして、覚醒させる仕事がある。そのためにはアザミ以外の人間を消すことだって躊躇しないわ」

くるりと刀をまわし、手遊びをしながらレナは笑う。

「それとも?もう一回メガネくん襲って今度こそ殺しちゃおうか。いやいややっぱりあの男の子のほうをやっちゃう?そしたら気が変わって」

くるくると回っていた刀がレナの手から外れた。

つかんだ鮮美はレナの喉元に切っ先を突きつけている。

「そんなことしてみろ。おまえを原形とどめないほど切り刻んでやる」

目を豹変させた鮮美に、少女は満足そうにした。

殺意はびりびりと発せられている。

「わかったわよ、もう少しだけ任せるわ」

そうしてレナはゆっくりと刃を握り、自分のほうへと引き寄せ、刀を取り戻した。

「そういえば、来客きてるみたいだけど?」

ささやいて、瞬時にレナは消えた。

レースのカーテンからは、女性らしきシルエットがみえる。

鮮美はため息をついて玄関のドアを開けた。

「よっ、元気してる?」

「花先生……」

開口一番の場違いな明るい声に、家主は辟易した。テンションのゆれっぷりが尋常ではない。あわせようとは思わなかった。

東村の事件、高校生連続殺人事件が始まって以来、ときおり家庭訪問と称して、藤和の教職員がこうして訪れることがあった。

いつからいたのだろう。ともかく、おどおどしている担任や、容疑者扱いの学年主任、面倒事という空気を隠さない教頭に比べたら、花先生は当たりの部類だ。

「っていうかさっき小原見たんだけどさ、お家デート?若いね~」

「……とりあえず入ってください、一応ご近所さんもいるんで、男の子連れ込んだ女子高生とか言われたら後が辛いです」

「きゃー、詳しく話聞きたいって!」

「花先生、話聞いてましたか?」

多分当たりだ。大人だから学校で言いふらさないだろうけれど、たぶん当たりだ。

報道同好会に情報を売り払われないように、なにか適当なお茶請けはあっただろうかと、鮮美は戸棚を確認した。



あてもなくショッピングモールについて、団はベンチで座り込んでいた。

家族連れにカップル。まわりをみると幸せそうに思えてしかたがない。

一体自分は何を期待したんだろう。何をしたかったんだろう。何を確認して、安心したかったんだろう。

「……帰るか」

ひとりごちて立ち上がったとき、見覚えのある姿が目端に引っ掛かった。

「青柳?」

つぶやきは雑踏のなかでも聞こえたようで、全体的に木なり色の女の子が振りかえる。

「小原先輩…!」

格好からして遊びに来ていたに違いはないが、連れらしき人物は見つからなかった。

「一人?」

「…はい」

「メシ食べた?」

「まだです」

「よかったら食べない」

「あ、…はい!」

そして二人、高校生でも財布に優しいファーストフード店へと入る。

団のほうから話を振って、それなりに楽しく食事をすることができた。

「この前はありがと」

「いえ」

「あ、ごめん、無理矢理連れてきて悪かったな」

「そんなことないです、むしろ、嬉しいです」

虚をつかれて、なんだか見てはいけないものを見た気がした。

自分は自分の中の気持ちを押さえつけるために偶然いた後輩を連れ回しただけだというのに、彼女はその計算に気付いていないのだ。

「あ、そうだ。家族のプレゼント買うんだっけ?よかったらこれから見ようか?」

見ないふりをした。青柳は話題を変えてもはいといった。

だから団は甘えていた。

一時間くらいまわって、青柳は焼き菓子の詰め合わせを買った。男性でも問題なく食べられて、高校生の予算で無理なくおさまる範囲。

3時を少しだけ過ぎると、一日の半分が終わった気がするのは、活動時間の半分が過ぎたからだろう。ここからは急速に時間の流れが早くなる。

「暗くなると危ないし、改札まで送るよ」

返事も待たず、歩きだしたときだった。そでをくいっと掴まれる。つかんでいるのはもちろん青柳だ。

「あの、これ」

青柳は先程買った菓子の包みをぐいと団に渡そうとしている。

「え?」

「嘘ついてごめんなさい。これは先輩に買ったものなんです」

彼女はかばんのなかから、きれいにラッピングされた包みを取り出した。

「先輩の誕生石、明日ですよね……」

言われてから気がついた。思ってもみなかった相手から切り出されたからなおさらだ。

「一日早いですけど、おめでとうございます。あと、今日はありがとうございました! 」

包みをふたつ押し付けるようにして、青柳は駅に向かって走り出した。

「あ、おい!」

ふわりとした服をはためかせて、後輩は団の前から消えていった。

「……………」

包みの1つをあけてみる。しゃれた柄のタオルだった。部活で使えそうなものを選んだのかもしれない。


立ち尽くしている団を、柱の影から見ている人物が二人いた。

「これはアレな場面目撃しちゃったー」

後ろを振り返ると、鮮美はスーパーの袋を持ったまま微動だにしない。キャスケットとセルのだて眼鏡が邪魔をしているが、見上げると表情は大体見てとれた。

「アザミはマドカちゃんを突き放したかったんだよね?で、そしたらライバル登場ってやつか~」

楽しそうにしている少女を無視して、鮮美はその場から立ち去った。

団は鮮美が見ていたことを知らない。

そして二人とも、学校一美人で、市内でも有名な女子高生を見ていた人物たちがいることを把握できていなかった。




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