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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
44/81

6ー5 期待してしまうから、 不安になってしまうから

課題を目一杯持参して、団は面会許可時間早々に幸佑の病室を訪れていた。今日は祝日で、部活も相変わらず禁止措置がとられている。家にこもっていても気が滅入るぶん、ここに来ていたほうがいくらかましだった。

部活動は、全てが自主練という措置になっている。剣道部も例外ではない。顧問である那須の許可も取り、希望者は那須か小原が剣道の指導に行くという練習も導入したが、あまりお呼びはかからなかった。

「あれ、団くん」

「…こんにちは」

引き戸を開けて入ってきたのは、幸佑の父、幸信だ。祝日に休みがもらえるのは珍しいなと団は思いながら、軽く頭を下げた。

「いつも来てくれてありがとうね。なんか食べる?」

幸信が指差したほうには、菓子が山と積まれている。警察や学校関係からの見舞いがたまっているらしい。本人が目を覚まさず、食べられないからしかたがないが。

「いえ、そんな」

「遠慮なんてしなくていいよ、古くなるのはもったいないからね」

ほいほいとお菓子を手渡され、団は一本道のロールプレイングゲームを思い返していた。選択肢はあるものの、選んだ選択にかかわらずシナリオはかわらない、90年代のもの。

「ありがとうございます」

「いえいえ、こっちこそいつもごめんね、お世話になっちゃって」

毎日見舞いにきている礼なのだろうなと、団は漠然と考えていた。

「ただね、もっと寝たほうがいいかもしれない」

団が顔をあげると、自身の顔を映される。幸信が手鏡を団に向けたのだ。

鏡に映っている男子高校生は、濃いクマを残していた。

「今日のところは、家でゆっくり休んだほうがいいよ」

邪魔と言われている、わけではないと思う、たぶんきっと。

恐らくは。

「幸佑が目を覚ましたら一番に連絡するから」

小さくうなずいて、団は病室をあとにした。


「ひどいー」

「ひどくない、居候の分際で家主のいうことも聞けないなんて」

「うわー横暴」

「いきなり刃物突き立てるあんたよりはマシだと思うけど?」

部屋着から外へ出かけられる服へと着替えた鮮美は、フードつきのトレーナーにスカート姿のレナを二階の押し入れへと追いやっていた。当然追いやられているほうは不満たらたらだ。

「ちゃんと食料と暇つぶしは差し入れてるでしょ?」

鮮美が押し付けているリュックには、ゼリー飲料と懐中電灯、古いゲーム機にイヤホンが入っていた。

「いいって言うまで出てこないでね」

「えー、私は猫型ロボットじゃないって~」

「つべこべ言わない」

ぴしゃりと言い放ち、鮮美は押し入れを閉めた。

ため息をつく。一呼吸するかしないかで、チャイムが鳴った。

ここからなら降りるより窓を開けたほうが早い。

がらりと門扉を一望できる窓を開ける。

音に気付いて見上げた少年のことを、鮮美はよく知っていた。

「……久しぶり」

努力して笑ったような顔を、鮮美は見たくなかった。指定したよりやや早い時間。鮮美は団の笑顔をかき消すように窓を閉めて、階下へと降りていった。



「で、どうしたの?」

しばらく無言だったからだろうか。鮮美の言葉で団は我に返った。

ボーダーのシャツにパーカー、カーキ色の短パンに黒タイツ。鮮美の私服は新鮮で、彼女に似合っていた。元々細いのにさらにすらりとしてみえる。

「小原」

「え、あ」

「用がないならこれで」

「いや、待って!」

彼女は本当に家に入ろうとしていて、団は手首をつかんで押し止めた。

「…………」

「………ご、ごめん」

手首は鮮美が自身で傷つけている場所だ。時期によっては痛むかも知れなかった。

「俺は、鮮美と、話したくて来た」

「……なにを」

「幸佑のこととか、いろいろ」

ゆるい風が髪の毛を揺らす。鮮美は考えるように目を逸らすと、大きく息を吐いた。

「……上がってよ。外でそういう話、したくない」

ちらりと周囲をうかがう鮮美に、団も気配を察知した。鮮美について玄関に入り、ドアを閉めるときわざとゆっくりにして、隙間から周囲に目を走らせる。

黒っぽい服が視界に入った。刑事か。

そこまで確認して団は扉を閉めた。

「……下手っぴ」

間近に発せられた声に飛び上がりそうになる。

「最近警察だかマスコミだかがずっといる。帰り道気を付けて。なにか聞かれるかもしれないし」

どこか他人事のように注意して、鮮美は団についてくるように言った。

「…………それで、何が聞きたいって?」

出された煎茶を飲みながら、団はダイニングに立っている鮮美をみやる。

「……幸佑のこと、あの日のこと」

緑の液体を飲み下して、はっきりと言葉を発した。

「学校で噂されてる通りなんじゃないの?」

どこふく風と、聞かれた方は抹茶ミルクをごくごくと飲んでいた。

――「第一発見者は報道同好会の3人だけです。先生たちからも口止めはされましたけど、僕らから積極的に情報は渡しませんし、それは青柳も同じです」

幸佑が階段から落ちた日、市ヶ谷から団に送られたメールだ。青柳にアドレスを聞いて送ってきたらしい。

――今のところ鮮美さんが突き落としたって話には生徒間ではなっていません。むしろ先生たちのほうで疑いがかかってます。あと、今まで鮮美さんにちょっかいかけた人たちがばたばた死んでるから、今回も鮮美さんが関わってるんじゃって噂は若干たちはじめてます。

「お前がやったって噂はたってないよ」

「へえ、そう」

「むしろそういう噂がたちそうになると、青柳が否定してまわってる」

鮮美の口が液体を飲むのをやめた。コップを放し、乱暴に口をぬぐうと、天井を見上げる。

「へえ、青柳が」

「鮮美先輩はそんなことしない!って言ってる」

「うわあ、慕われてるっていうか、信じられてるっていうか、嘘でも嬉しい

「俺は嘘なんか言わないよ」

ごくりと抹茶ミルクを飲み干して、鮮美はココアをつくりはじめる。粉末を少な目にして、ほぼミルク味の代物だ。

「青柳がオレを信じてくれてることはわかったけど、小原はどうなの?」

信じているの?信じていないの?

真っ正面から突きつけられて、言葉につまる。

「このまえ信じるって言ってたけど、信じきれないから来たんじゃないの?信じてたらわざわざ聞きにこなくても勝手に信じられるもんね?」

鮮美のいうことは全くの図星で、返す言葉もない。

「これ、預けとく」

ココアとともに出されたのは、幸佑の携帯電話だった。

「なんで……」

「屋上前に落ちてたから拾った」

悪びれもせずに答える鮮美に、団はテーブルに拳を叩きつけた。

「なんで鮮美はあの時間、屋上前にいたんだよ!!」

そんなことを、しなければ、いま自分はこんなに悩まなくてすんだのに。

「…………切った後の片付けをしたかったって、言えば満足?」

ココアを一気に飲むと、鮮美は、低い声でうなった。

「姫島くんが階段から落ちる前の日、あの場所で腕切ってたよ。すっごい血が飛び散ってさ、拭いたけど、ふききれてなかったらって思うと怖いじゃん。だから朝早く行ったよ、これで満足?」

捨て鉢にとってつけたような理由を言われ、納得できるはずがない。

「鮮美、おまえは、幸佑を突き落としたの?」

自然と口をついて出てきてしまっていたのは、一番確かめたかったこと。しかし聞いてしまえば、決定的になにかを壊してしまうこと。

鮮美はきょとんとした顔をしていて、空になったコップをだらんと下げていた。

「……小原はなんて言ってほしいの?」

気がついたら、鮮美に掴みかかっていた。




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