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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
43/81

6ー4 大きく踏み出す少しの勇気を

団はスーパーの袋を下げて、和白駅前までやってきた。食欲がないという団に、スーパーで青柳が見繕い、渡されたものだ。

「……ちゃんと食べてくださいね?」

袋の中身はゼリー飲料とおにぎり、サラダ、そしてプリン。どこかのOLのような献立だ。いつもの団なら物足りないが、今はこのくらいでちょうどいいのかもしれない。それに店内で生返事をしている間にいつのまにか買い物が終了していたのだ。

「ありがとな、青柳。もう大丈」

「先輩、」

言ったそばから、自転車に轢かれそうになった。青柳は聞こえるようなため息をつく。

「これで小原先輩は、4回のゲームオーバーと、ライフが3減るという偉業をなしとげました」

実はゲームが好きだとカミングアウトした後輩は、人のヒヤリハットな事案をゲーム用語で表した。つまり団はこの帰り道だけで、四回の死と3回の怪我に見舞われたということだ。青柳がすんでのところでとめているからこそ無傷ですんでいる。さしずめ青柳は初心者プレーヤーに対するお助けキャラと言ったところだろうか。

だが、これは先輩の面目まるつぶれだ。

「ちょ、それは言い過ぎ」

「先輩、家の方向にもよりますけど、お助けアイテムとしてバスに乗って帰りましょう、そのほうが安全です」

って話聞いてないしな。

普段よりもおしの強い後輩は、反論する機会を与えない。

「……すみません、どのバスですか?」

さっきの勢いはどこへやら。しゅんとして、おっちょこちょいな様子を詫びるところはいつもの青柳で、団は少し安心した。

「ここのバス。住宅前で降りるから、二駅」

「そうですか」

発車前まで時間がある。和白駅を始発とするバスに、まだ客は誰も乗り込んでいなかった。

「すみません。少し見ててください」

青柳は自転車を託すと、一人車内に乗り込む。整理券を取らずに入り、何事かを運転手と話し込んでいた。

すぐに彼女は降りてきて、団の前でにっこりと笑う。

「お金払ってきちゃったんで、乗ってください」

「お、おあ?」

後輩のにこにこ顔は、無言の圧力ですらある。

「あ、ああそうだお金払ってないよな、さっきの買い物代」

「いえ、昨日電車代で1000円いただきましたから」

やんわりと、はっきりと受け取りを拒否される。後輩にちゃらにされたということだ。

「……わかった」

「ふふ」

帰り道といい今といい、本当にこの後輩には世話になりっぱなしだ。

「青柳、今日はありがとう」

「いえ」

「帰り道わかるか?」

「ああ行ってああいってこうですよね」

「違う、そこを行ってあっちに行ってこうだ」

またもしゅんとしている青柳に、気にするなと笑いかけてみる。

「じゃ、気を付けて帰れよ」

「はい、小原先輩もお気を付けて。さようなら」

青柳は団の見送るなか、しっかりと正しい道を通っていった。彼女の姿が消えてから、団は車内に乗り込む

「おにいちゃん、さっきの女の子、彼女?」

ステップでつまづきそうになるのをなんとかこらえる。

「やー、ちょっと体調悪いから気に掛けてくれって、丁寧に頼まれたのよ。あ、よかったら優先席座んな」

団は素直に言葉に甘え、色の違うシートへなだれ込む。新たに精神攻撃をうけてキャパシティーはパンク5秒前だ。

「や、違います、後輩です」

「なんだ、付き合ってるかとおもったのに」

「いやいやいや、」

「まあ若いっていいねえ、住宅前だっけ?寝てていいよ、起こすから」

これ以上の詮索は遠慮したい。そこで団は目を閉じた。

さきほどまでの重たい気持ちが、少しだけ軽くなっていた。ついさきほどまでいた後輩のおかげかもしれなかった。


「アザミ、買いすぎよ?」

「こうでも、…しないと、またさっきみたいに、なったら困る」

女子高生は両手にエコバックを下げて、ふらふらと歩いていた。

それぞれ牛乳の一リットルパック3本が入っている。

「バカ?」

「違う」

「お腹壊すわよ」

「意識飛ばすよりはましだ」

「あっそ」

レナが軽やかに歩くなか、鮮美は力を入れ直して一歩を踏み出した。



「状況はどうだ文月」

「よくないに決まってるでしょう、新聞やテレビ、市内の高校に取材に行って、追っ払われる程度には過熱してるわよ」

「重要参考人のことは」

「今回は捜査本部の人間も、口を割らないわね。未成年だからかしら。ここまでオフレコで話がとれないってなかなかないってもっぱらの噂よ。……そっちは」

「怪異説を唱えてきた」

「よくやるわ。干されたらあなた主夫ね」

「……検討する」

「で、怪異説はどうなの」

「……それなんだが、そっちの方面で調べてほしいことがある。20年前の事件だ」



「ただいま」

団が帰った家には、当たり前のようにだれもいなかった。

そして、食器乾燥機に入れた皿が、今朝は二人いたことを物語っていて、それがひどく心をざわつかせた。

ひとまず冷蔵庫に食品を入れて、携帯を確認する。

とくに通知はない。

そういえば、鮮美を見かけて一言も言葉をかわさないなんて、初めてのことかもしれない。

今なら、話せるだろうか。

顔を見なければ、聞けるだろうか。

団は電話帳を眺めていて、幾度か通話ボタンを押し、何度目かでぎゅっと力をいれて発信した。

ワンコール、ツーコール。時間にして数秒のはずなのに、相手が出るまではひどく長く感じられる。

コール音を3回聞き終えたら、電話を切ろうと決めていた。

「……はい」

だからとられるのは心臓をつかまれた思いだった。

「鮮美?」

「もしもし」

「……小原です、小原団」

「ああ、小原」

やりとりが続かない。

「で、どうしたの」

問う声は少しそっけない。口が乾いてこんなにも頭と舌が接触不良を起こしているのは、恐らく初めて話しかけたとき以来のことだった。

「や、用があるわけじゃないんだ」

「なんだそれ」

お互い用がなければ連絡をとらない。やはりおかしいと思われるだろう。

「ただ、話したかっただけ」

「……なにを?」

言い出せないのは、自分が弱いからだ。通話時間のみがカウントを重ねていく。

「携帯からみたいだけど、電話代大丈夫?」

鮮美は心配と同時に暗に電話を切れと言っている。

それでは意味がない。

「今度、家行ってもいいか?」

電話越しの相手は、少し思案しているようだった。

「いや、家にあげてくれなくていいんだ、玄関先とかで。ただ話が」

「わかった、いいよ」

日時を指定され、電話は一方的に切れた。

どきどきした。かける前よりも。かけた後に、なぜ電話をしたんだろうという後悔があった。

話をしたくてかけたのに、かける前より脳内が暴動を起こしている。

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