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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
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6ー3 ただ在るだけでも、責めないで

姫島幸信と小原丈は、姫島幸佑の病室で座っていた。事情説明にあたった那須義武剣道部顧問と、立木花教諭は一旦学校に引き払った後である。

もう少しすれば、仕事を抜けてきた幸信の妻が到着するはずだった。

「小原」

「ああ」

「鮮美深紅という生徒を、おまえはどうみる」

幸信は幸佑だけを目にいれていた。穏やかな言葉通りに受け取ってはいけない。けれどあえて丈は気づかないふりをした。

「今のところ、高校生連続殺人事件の重要参考人として、最も疑いのかかっている人物」

「本部の方針を聞いてるんじゃない。お前の考えを聞いてるんだ」

淀みなく答えるさまに、落ち着いた声音で反応される。隠れている静かな怒りは、完全に遮断することは不可能だった。

丈は、煙にまけないと判断せざるをえない。

「……事件に何らかの関わりはあるだろう。ただ、あまりにも犯行現場に関わりすぎている。まるで誰かが鮮美深紅の犯行仕業だと暴露しているか、濡れ衣を着せているようだ」

機器のみが動いている個室は、世界とは隔絶されているようだった。

一階まで降りれば受付で並んでいる患者たちがいるし、院外へ出れば日常があるはずなのだ。

「鮮美のストーカー歴があったり、なんらかのトラブルがある高校生が殺されている。今朝の被害者たちも以前の熱心なファンだ。鮮美の犯行と考えるのが自然だと考えていたが、第2の事件でセーラー服の女子中学生が目撃されたことで考えが変わった」

そこで初めて、幸信は首だけを胡乱げに動かす。

「おまえの霊視で、セーラー服の女子中学生は吸血鬼だと言ったな。そいつのほうが最重要参考人だ。最も鮮美とセーラー服がセットで動いているか、それぞれの犯行か、はたまた鮮美が巻き込まれているだけなのかはわからんが」

ぶはっと、場違いな擬音が響いた。こらえきれないというように吹き出したのは幸信だ。

「小原さん、あんた、人外が犯人だって言うんですか」

「ああ。捜査本部でもそう進言した」

「クレイジーですね、出世の梯子外されますよ。下手しなくても変人扱い」

「そんなものはどうでもいい。で、おまえは」

幸信は笑い顔を引っ込めると、御守りを丈に見せた。

1つは幸信のもの。焼け焦げているような後がある。

もう1つは、幸佑が握っていたもの。ぼろぼろに裂けていた。

「小原さんの見立てどおり、この事件には人外がからんでいるでしょう。セーラー服は間違いなく吸血鬼です」

こんな商売してた家系なんで、人外から危害を加えられそうになったときの御守りでね。破損の形状で強さや相手の傾向がわかるんですよ。

息子を愛しげに撫でる父親にはさむ言葉など、丈は持たなかった。

「ただ、幸佑の霊視がどうにもできない。この御守りを裂いたやつがなんなのか。前回の痕跡がたどれません。今回の気が混じりすぎてて」

幸信はぴくりと指をふるわせると、病室のゴミ箱へと走り、吐いた。

丈は背中をさすり、少しでも楽になるようにする。酸っぱい臭いが充満した。

「ほら、まだ口を開けてないから」

差し出されたミネラルウォーターを受けとり、幸信は口のなかをすすぐ。

「…………濃い血の臭い。殺しの感情。殺意と悪意と純粋に楽しんでいるのと、悲しみとか嘆きとか………あてられますね。この霊気。御守りがぼろぼろになったのは恐らく、一回目。そのときは大丈夫だったけれど、今回はそれよりやばかったんでしょう。もしくは御守りが持たなかったか。そこまでしかわからない。相手が誰かたどれない。セーラー服が力の強い吸血鬼というのはほぼ確定ですけど」

ハンカチで口許をぬぐった幸信は、再度息子に目をやった。

「鮮美さんも真っ白ってことはないでしょうね」

丈は幸信を支え、椅子に座らせた。

「すみません、吸血鬼だけはどうも苦手で」

へにゃりと笑った能力者は、つられて微笑もうとした刑事の腕をつかむ。

「だから、死にたくなければセーラー服や鮮美深紅に関わるな」

眼光強く告げられた忠告に、丈は沈黙で返した。

打ち所もよくなく、禍々しい霊気に当てられた彼の息子は、まだ目を覚まさない。




普段は放課後遅くまで開いているのに、全校で部活を中止してたまり場になったら困るからと、最後には身も蓋もない本音で追い出されてしまった。最も最後まで図書室に残っていたのは鮮美一人である。学校司書と見回りの先生のタッグには、さすがに一生徒の鮮美は敵わない。

放課後の校舎はテスト期間と同じくらい、静けさに包まれている。廊下に出たところで、鮮美は慣れた気配を察知した。無視をしてげた箱に向かうも、当の相手は先回りをしている。

「待ってるのが私で悪かったわね」

幼い風貌を残した彼女は、体型にあわない制服を着用していた。いつものセーラー服ではなく、藤和高校の女子制服である。防虫剤の匂いが微かに漂ってきた。

恐らくたんすのこやしになっていた代物をひっぱり出してきたに違いなかった。

ひとまず相手をせず、自分の靴がある場所へ。

「あの男の子なら、後輩の女の子と一緒に帰ったけど」

手が止まる。確かに彼のスペースにはスニーカーがなく、かわりに校内ばきが残っていた。

「……ああ、そう」

深呼吸して気のない返事をし、後ろを省みずに歩き出す。レナはちょこちょこと、後ろからついてきた。中身の入っていなさそうなキャンパス地の肩掛けかばんが同じように揺れる。

「わざわざ着替えてきたの」

「まあね、最近はセーラー服は少数派で目立つみたいだし」

えへへ、と笑うさまは、黙っていて本性さえ知らなければ、誰だって愛したくなる部類のものだ。

「で、朝も来といて何の用」

いっけない!と手を叩き、少女はまたも笑う。

「アザミはさ、いつになったら一人前になるのかなーって思って、聞きにきた」

アスファルトの道を、一人ともう一人が歩いていく。なにを言っても聞こえなかったふりをされるとみて、レナはカードを切った。

「あと、あの男の子、遠ざけたいの?それともそばにいたいの?」

「っ、そんなのあんたに関係な」

うってかわって言い返したほうの体がぐらりと傾いた。レナが手を貸そうとする前に、鮮美はその手を振り払い、民家のブロック壁に寄りかかる。

「…………」

「…………………」

にらみ合うも、どちらに歩があるかは明らかだった。鮮美の額には脂汗が浮かんでいる。目が虚ろになりかけていて、レナは唇を結んだ。

少女は肩掛けかばんから200ミリの紙パック牛乳を取り出すと、ストローをさして、鮮美のそばに置いてやる。

緩慢な動作でそれを引き寄せ、鮮美は少しずつ液体を吸った。

「……騙しだまし動かすのも生き方の1つかもしれないけど、このままだと、死ぬよ?」

交差点は青が点滅していた。すぐに歩行者信号は赤となり、待っていた車が動き出す。そのエンジン音がやけにうるさかった。

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