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赤い色は何の色か  作者: 香枝ゆき
第六章 すれ違い、お近づき
41/81

6ー2 根拠なんてないけれど、なぜだか信じられていた。

ーー誰にも聞かれたくはなかったので、特別棟一階のC階段前に市ヶ谷を連れていき、事情を聞く。この階段をずっとのぼっていくと、幸佑の事件現場だ。

「――僕ら報道同好会は、四階特別棟の廊下を溜まり場にしてるんです。あのあたりは朝練のない部の根城ばっかりだから誰も来ない。人に見聞きされたら困る話もできるんで、今日もあそこで次の取材について話してたんです。大体みんな集まったのは……」

その時間は、団が道場へと向かったときだ。同好会のメンバーらは、一旦教室にかばんを置いてから各々集まるらしい。団は特別棟の廊下を走って、D階段で階下まで降りた。ちょうど入れ違いだったというわけだ。

「そのときは、C階段前のトイレ前で話してました。もし誰か来てもすぐに気づけて話題変えて、猥談話してるように偽装できるでしょ。……それで朝は最近鮮美さんの写真レートが落ちてるから、詳しく調べるかって話をしてたんです」

市ヶ谷は目を閉じていた。

「そしたら誰か来た。びっくりですよ。C階段使ってくる人なんて普通はいないんで」

市ヶ谷のいう通り、普通教室がある教室棟は、下駄箱から向かって右に進み、教室棟にあるB階段かA階段を使うのが普通だ。校舎はほぼロの字型になっており、ロの字型下段中央を靴箱として、右が教室棟、左が特別棟だ。それぞれの角には階段があり、右上がA、右下がB、左上がCで、左下がD。

特別棟は早朝補習や雨天時の運動部トレーニングには使われるものの、今は補習を行っていない。それに、今日は天気がよかった。晴天時にダッシュや筋トレを校内で行う物好きな運動部員はいない。

「わけありかもしれないと思って、ひとまず隠れました。吉村は男子トイレに、俺と木田は美術室前です。どっちかが見つかっても、あとのこと見届けられるように」

わけありかもしれないと踏んで隠れて様子を伺うのが報道同好会の連中らしい。しかも分散するとは、情報に対する好奇心はなみなみならぬようだ。

「結局、うまい具合に3人とも見つかりませんでした。それで、様子を伺うと、階段をあがっていったのは鮮美さんだった。あんなところ上がっていって、なにするんだって気になったけど、すぐに追いかけるのは躊躇しました」

冷静な判断をしていて何よりだ。考えなしに鮮美の後を追いかけていけば、100パーセント見つかる。わけありを追いかけて鉢合わせるなんて面倒事、誰だって避けたいはずだ。

「そりゃ、こんな活動やってるんで、言い訳のひとつやふたつ、即きれるように用意はしてます。でも見つかるのはなんか怖かった。そしたら、大きな音がしたんです」

物が落ちるようだった、と市ヶ谷は評した。

「さすがにやばい、まずいだろうと思って、3人で隠れてたところから出ました。そしたら、小原さんの友達の、人が、階段から落ちてきて、鮮美さんは、階段の踊り場にいました。驚いた顔して、でも、状況的に、鮮美さんが落とした?いや、でも落としたところは見てないし。そんなことを考えてたら、吉村が、早く先生呼んでこいって、一番冷静に突っ込んでくれて、木田と二人で呼びにいきました。でも、鮮美さんと小原さんの友達がからんでるから、小原さんも、呼びにいったほうがいいと思って、俺は独断で知らせにいきました」

2階の喧騒もどこか遠い。

市ヶ谷は大きく息を吐いた。

「鮮美のほかに、誰か見たか?」

「いえ、見てません。だから、姫島さん?が落ちてきたときには驚きました」

そりゃそうだ。一人でのぼっていったと思っていたところに、別の人間がいて、そいつが落ちてきたところを見たのだから。

つまり、同好会の連中は、団と幸佑が二人で話し、団がその場を去ったあとに集まったことになる。そして鮮美を目撃し、観察していたら幸佑が落ちてきた。

幸佑はなぜだかあの場に留まって、そこに鮮美が来て。目撃者もいて。

幸佑は運動音痴だが、階段から落ちるほどではない。

それにどうして鮮美が関わっている。

否定したいのにそう思うほどに鮮美の無実を否定できない。

「すみません、俺、午後からの授業に出ます。成績よくないと目えつけられるんで」

ぺこりと頭を下げて、市ヶ谷は手製の名刺を渡す。

「なにかあれば、連絡ください」

予鈴が鳴り、市ヶ谷は教室棟へと向かっていく。団はかばんをかけ、階段を上ろうとした。

昨日といい今日といい。本当のところ鮮美は、人を殺したいのか。

なぜ、疑われるようなことをするのか。

聞きたい気持ちと聞けない怖さ。

団は行き先を靴箱へと変更する。今日はもう誰にも会いたくない。話したくない。たとえ鮮美であっても。

もしくは、特に鮮美には?



……朝の件は、なんと説明されたのだろう。学校の空気はどうなっているんだろう。今も、青柳に 状況を聞けばいいのに、それができない。

青柳が立ち止まった。団は進む。腕を躊躇なくつかまれる。

車が目の前を駆け抜けていった。

「先輩、赤です…………」

いつのまにか学校近くの交差点に着いていた。青柳は右へ、団は左へ曲がって帰路につく。

「……ありがとな、青柳、気を付けて」

「和白駅まで一緒に行きましょう」

信号が青になる。腕はつかまれたままだ。しかし、まだ足を動かすことができない。

「このままじゃ、先輩は帰り道で三回くらい死にそうです」

信号が点滅する。渡らないまま終わる。

「青柳」

「はい」

「…………ちょっと、ごめん」

少し、疲れた。

誰を信じればいいのか。なにを信じればいいのか。わからない。

一番信頼できる人が傷ついた。信じたい人が傷つけた?

「……ごめん」

信号待ちの間だけ。寄りかかった青柳は、なにも言わず、前だけをみて、ハンカチを団に差し出した。

信じてくれなんて言われてない。勝手に信じているだけだ。

ただ、信じることに、少し疲れた。

少しだけ、少しだけ。

赤信号が長ければいいのにと思いながら、団はハンカチを受け取った。

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